DOG ON THE BEACH
近況
先々週末に熱を出して寝込み、翌日には熱は引いたが今度は喉を痛め、かつてないほどの痛みと、地獄からの咆哮が如き声の変調を経験し、そしてそれも治まったかと思いきや、今度は咳嗽が止まらず、いつまでも完治せずに低調な毎日を送っていた。しかしようやく、本日をもって回復の兆しが見え一安心しているところである。
そんな中思っていたのは、喉を痛めると、噛み砕いたものですら飲み込むのがなかなか困難で、毎日の食事が愉しみでるあるどころか苦行に近いものがあり、そうなると毎日の暮らしに張り合いが無くなる。つまり「あと一時間もすれば旨い昼飯が待っているのでそれまで頑張ろう」だとかそういう自己暗示が出来なくなるので、どうにもやってられないのである。更には刺激の強いアルコールを摂取するのも、出来ない事はないが、いささか憚られるものがあり、夜に向けての張り合いも無くなる。こうなるともう、一日中どんよりとしている。僕はどちらかと言えば小食で、美食家でもない。そこそこの物をそれなりに食べていれば、一応は満足してしまう結構安上がりな人間である。毎日同じ献立であってもさほど問題は無い。そんな僕がこんなにも参ってしまうのだから、これが大食漢であり美食家でもある人物が喉を痛めたりしたら、とんでもない大打撃なのだろうなと考えたりしていた。
そして更に厄介なのは咳嗽。咳が続くとなーんにも出来ない。観るのも読むのも何かしら手を動かすのも考えるのも、何一つ集中出来ないのですぐに放り出したくなる。夜になると、炎症止めも咳止めも薬の効力が無くなってくるせいか、喉の痛みや咳嗽がこの時間帯に集中する。もはや身体はぐったりしているし、何もする気になれないので、兎に角横になりたい。横になったからといって症状が軽くなる訳でもないのだが、そうしているのが一番楽な気がしてくるのだ。しかし眠くもないのに横になっていて、余計な考え事なんかしたくはないので、ぼんやりテレビを眺めている。大概は語学番組だ。咳が治まっている時は発音練習をしたりもする。意外にこれが心地良く過ごせるので、ここ数日は毎晩やっている。おかげで何時の間にか、英語フランス語韓国語中国語を並行して学ぶ事になってしまった。ロシア語ドイツ語イタリア語アラビア語はさすがに多すぎるので避けた。いや、既に許容範囲は超えてそうだが、始めてしまったものは仕方がない。因みにテレビ番組のプログラムは半年間行われるが、これがいつまで続くのかは判らない。成り行き次第である。
そんな中思っていたのは、喉を痛めると、噛み砕いたものですら飲み込むのがなかなか困難で、毎日の食事が愉しみでるあるどころか苦行に近いものがあり、そうなると毎日の暮らしに張り合いが無くなる。つまり「あと一時間もすれば旨い昼飯が待っているのでそれまで頑張ろう」だとかそういう自己暗示が出来なくなるので、どうにもやってられないのである。更には刺激の強いアルコールを摂取するのも、出来ない事はないが、いささか憚られるものがあり、夜に向けての張り合いも無くなる。こうなるともう、一日中どんよりとしている。僕はどちらかと言えば小食で、美食家でもない。そこそこの物をそれなりに食べていれば、一応は満足してしまう結構安上がりな人間である。毎日同じ献立であってもさほど問題は無い。そんな僕がこんなにも参ってしまうのだから、これが大食漢であり美食家でもある人物が喉を痛めたりしたら、とんでもない大打撃なのだろうなと考えたりしていた。
そして更に厄介なのは咳嗽。咳が続くとなーんにも出来ない。観るのも読むのも何かしら手を動かすのも考えるのも、何一つ集中出来ないのですぐに放り出したくなる。夜になると、炎症止めも咳止めも薬の効力が無くなってくるせいか、喉の痛みや咳嗽がこの時間帯に集中する。もはや身体はぐったりしているし、何もする気になれないので、兎に角横になりたい。横になったからといって症状が軽くなる訳でもないのだが、そうしているのが一番楽な気がしてくるのだ。しかし眠くもないのに横になっていて、余計な考え事なんかしたくはないので、ぼんやりテレビを眺めている。大概は語学番組だ。咳が治まっている時は発音練習をしたりもする。意外にこれが心地良く過ごせるので、ここ数日は毎晩やっている。おかげで何時の間にか、英語フランス語韓国語中国語を並行して学ぶ事になってしまった。ロシア語ドイツ語イタリア語アラビア語はさすがに多すぎるので避けた。いや、既に許容範囲は超えてそうだが、始めてしまったものは仕方がない。因みにテレビ番組のプログラムは半年間行われるが、これがいつまで続くのかは判らない。成り行き次第である。
大つごもり夜話
- 2011-12-31
- Category - Art
- Tag - fiction / literature
スーパーの入口の横、壁に貼りだされたチラシを私は眺めている。仕事収めの帰り。ななめがけにした布製のバッグが肩からずり落ちそうになる。それを左手で受け止め、右手にさげたポリ袋を持ちなおす。食品売場は既におせちやその他お正月用のものばかりが並んでいて、否応も無くお祭り感がただよっている。日常で使う食材は野菜やレトルトなどのパッケージ商品があいかわらずの場所に陳列されているだけ。私はそちらの棚で買い物をすませた。
私はどうしても、こういうお祭り的な雰囲気に入りこめない。騒がしくてイヤなのだ。もしかしてそれは私の育ちのせいかもしれない。騒がしい家庭だった。私はそれがとても嫌いで、いつも独りになりたいと思っていた。
-
父はこれまでに三度会社をおこし、三度とも倒産した。そして現在四度目に挑戦中だ。家族はもちろんその渦中で翻弄される。生活の不安もかえりみずに父は私財を投資し続けた。三度目の倒産の後、ちょうど専門学校を卒業出来た私は家を出た。父はものすごく反対したが、私は負けなかった。私が欲しかったのは安定した生活だ。地道に働いていればそれなりに暮らせる毎日だ。父の影響下にいる限りそれはないと思った。私には二人の兄がいる。彼らは父の仕事を手伝う形で家にずっといるが、大人になってからは余り話したこともない。彼らは父に似た性質を持っているのか、それとも父に合わせているだけなのか、何かしら反抗している姿を見たことがない。私にとっては同類の人間だ。母だけは違うだろうと思っているが、彼女は父に従うばかりで、何か相談をしても「それはお父さんに相談しなさい」と言ってしまうような何もない人だ。そんな人達の中で暮らしていると、いつのまにか私は家族の中で孤立し、結果として独りで過ごす時間が多かった。
そんな彼らからは「おまえには表情がない」「何だか怖い」とよく言われた。そりゃそうだろう、と思う。家族の中でたった独りそこに居ることを拒否しているのだから当たり前だ。この人達はそんなこともわからないのかと、私はさらにくすぶった。でも困ったのは、私は家にいる時以外でも同じ表情をしているらしい。学校の友達にも言われたことがある。私が男の子にモテなかったのもそのせいかもしれない。学生の頃に一人だけ付き合ったことのある男の子からは、「何を考えているのか全然わからないから辛い」と言い残されてフラれた。あの時はすごく落ち込んだな。ただその場合は、付き合ってるうちに男の子の横暴な面を見てしまうと、父や兄達の事を思い出し、げんなりしてしまって私は反射的に閉じてしまうのだ。そんな時には私はきっと能面のような顔をしているのだろう。でもそれはしょうがない。しょうがないよ。だってイヤなのだ。その人から離れたくて仕方なくなってしまうのだ。
そんなことがあってから、私はさらに独りで過ごすようになった。そしてそれがとても気に入っていた。文具メーカーにデザイナとして就職した私は、毎日決まった時間に出社し、遅くなることが多いけど、一日しっかり働いて、帰りに駅のそばのスーパーで買い物をして部屋に帰る。安売りしていたお総菜をそのまま食べたり、作り置きのものを温め直して食べたり、録画していたドラマを観たり、本を読んだり、ぼんやりしたり。誰も私の邪魔をしないし、とても幸せだと思った。
固定電話は置いてないし、携帯の番号も家族には教えていない。友人や知人とはメールでのやりとりだけだから、非常識な時間に電話で起こされることもない。経済的に自立したことで、私は穏やかで理想的な生活を手にすることが出来た。私はそのことがとても誇らしい。ただほんのちょっと、これは生活が安定していて余裕があるからだと思うけど、誰かが私の生活圏内に入り込んできても、悪くはないなと思っている。それはまだ、ほんのちょっとという限定的なものだけれど。
-
レジで支払いをすませると、私はスーパーの外に出た。するとそのまわりで正月飾りを売っている人達がいた。吹いてくる風が冷たいので、マフラーをキツく巻き直しながらそれらの商品を眺めてみた。個人でやっている人がこの場所を借りて商売をしているのだろう、商品はどれも、どことなく質素な雰囲気があった。その中に、小ぶりで可愛らしいしめ飾りを見つけた。私は思わずそれを手に取り値段をたずねていた。「800円です」こんなに小さいのにそれはちょっと高いなーとは思ったのだけれど、ご祝儀のつもりで店の主人に1000円札を手渡した。
部屋に戻った私は、机のひきだしの中から両面テープを探し出して、買ったしめ飾りを玄関の扉に貼り付けた。そして、そう言えばしめ飾りの意味について正確なところを知らないな、と思って私はインターネットで調べてみた。
私は玄関の扉に貼り付けてあるしめ飾りを思い浮かべつつ、少しだけお酒をのむことにした。良い気分だった。
- - -
このエントリ内に書かれている事は大体に於いて事実と異なります。
私はどうしても、こういうお祭り的な雰囲気に入りこめない。騒がしくてイヤなのだ。もしかしてそれは私の育ちのせいかもしれない。騒がしい家庭だった。私はそれがとても嫌いで、いつも独りになりたいと思っていた。
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父はこれまでに三度会社をおこし、三度とも倒産した。そして現在四度目に挑戦中だ。家族はもちろんその渦中で翻弄される。生活の不安もかえりみずに父は私財を投資し続けた。三度目の倒産の後、ちょうど専門学校を卒業出来た私は家を出た。父はものすごく反対したが、私は負けなかった。私が欲しかったのは安定した生活だ。地道に働いていればそれなりに暮らせる毎日だ。父の影響下にいる限りそれはないと思った。私には二人の兄がいる。彼らは父の仕事を手伝う形で家にずっといるが、大人になってからは余り話したこともない。彼らは父に似た性質を持っているのか、それとも父に合わせているだけなのか、何かしら反抗している姿を見たことがない。私にとっては同類の人間だ。母だけは違うだろうと思っているが、彼女は父に従うばかりで、何か相談をしても「それはお父さんに相談しなさい」と言ってしまうような何もない人だ。そんな人達の中で暮らしていると、いつのまにか私は家族の中で孤立し、結果として独りで過ごす時間が多かった。
そんな彼らからは「おまえには表情がない」「何だか怖い」とよく言われた。そりゃそうだろう、と思う。家族の中でたった独りそこに居ることを拒否しているのだから当たり前だ。この人達はそんなこともわからないのかと、私はさらにくすぶった。でも困ったのは、私は家にいる時以外でも同じ表情をしているらしい。学校の友達にも言われたことがある。私が男の子にモテなかったのもそのせいかもしれない。学生の頃に一人だけ付き合ったことのある男の子からは、「何を考えているのか全然わからないから辛い」と言い残されてフラれた。あの時はすごく落ち込んだな。ただその場合は、付き合ってるうちに男の子の横暴な面を見てしまうと、父や兄達の事を思い出し、げんなりしてしまって私は反射的に閉じてしまうのだ。そんな時には私はきっと能面のような顔をしているのだろう。でもそれはしょうがない。しょうがないよ。だってイヤなのだ。その人から離れたくて仕方なくなってしまうのだ。
そんなことがあってから、私はさらに独りで過ごすようになった。そしてそれがとても気に入っていた。文具メーカーにデザイナとして就職した私は、毎日決まった時間に出社し、遅くなることが多いけど、一日しっかり働いて、帰りに駅のそばのスーパーで買い物をして部屋に帰る。安売りしていたお総菜をそのまま食べたり、作り置きのものを温め直して食べたり、録画していたドラマを観たり、本を読んだり、ぼんやりしたり。誰も私の邪魔をしないし、とても幸せだと思った。
固定電話は置いてないし、携帯の番号も家族には教えていない。友人や知人とはメールでのやりとりだけだから、非常識な時間に電話で起こされることもない。経済的に自立したことで、私は穏やかで理想的な生活を手にすることが出来た。私はそのことがとても誇らしい。ただほんのちょっと、これは生活が安定していて余裕があるからだと思うけど、誰かが私の生活圏内に入り込んできても、悪くはないなと思っている。それはまだ、ほんのちょっとという限定的なものだけれど。
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レジで支払いをすませると、私はスーパーの外に出た。するとそのまわりで正月飾りを売っている人達がいた。吹いてくる風が冷たいので、マフラーをキツく巻き直しながらそれらの商品を眺めてみた。個人でやっている人がこの場所を借りて商売をしているのだろう、商品はどれも、どことなく質素な雰囲気があった。その中に、小ぶりで可愛らしいしめ飾りを見つけた。私は思わずそれを手に取り値段をたずねていた。「800円です」こんなに小さいのにそれはちょっと高いなーとは思ったのだけれど、ご祝儀のつもりで店の主人に1000円札を手渡した。
部屋に戻った私は、机のひきだしの中から両面テープを探し出して、買ったしめ飾りを玄関の扉に貼り付けた。そして、そう言えばしめ飾りの意味について正確なところを知らないな、と思って私はインターネットで調べてみた。
本来の宗教的意味は、各家庭が、正月に迎える年神を祀る依り代である。ということらしい。年神様か。穏やかで優しそうだ。私の家にやってくるのがそんな人なら良いな。いや、人ではなくて神様か。私にうるさいことを言って煩わせることなく、穏やかな時間だけをもたらしてくれるのなら大歓迎だ。神様バンザイ。
私は玄関の扉に貼り付けてあるしめ飾りを思い浮かべつつ、少しだけお酒をのむことにした。良い気分だった。
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このエントリ内に書かれている事は大体に於いて事実と異なります。
雨と冬の憂鬱
- 2010-05-31
- Category - Days
- Tag - diary / health / psychology
ずっと以前、僕は雨の日が大嫌いだった。梅雨の時期と、11月を過ぎた辺りの長雨は気分が沈み、晩秋で迎えた下降線はそのまま冬を越え、春になるまでそれは続いた。しかし何故か数年前から、徐々にではあったがその状態を強く感じる事が少なくなった。今では長雨を幾らかは楽しめるようになったような気がする。
そして、冬鬱というものが存在する事を最近になって知った。かつての僕は冬の間は生ける屍とでも呼べるような生活を送っていたのだけれど、それも最近では軽減してきた。雨期の不調もそれと似たようなものかも知れない。気温の下降変化や気圧が関係するのだろうか。それとも血流の勢いに関係があるとか。冬鬱の場合は日照時間に関係があるようで、その治療法として毎日二時間光(太陽光でなくても可)に身を晒す事であるらしい。そういう施設も存在するとの事。しかし日常生活を営みながら、毎日それだけの時間を割いて治療に当てるというのは無理な話である。でも中には酷い鬱状態に陥る人も居るようなので、その人々には有用だろう。どのみち日常生活を送る事すら困難になっているのだから。
時折、それらの症状が軽減した理由を考えてみるのだが、何も思い当たらない。歳を取って体質が変化したのだと思う他はない気がする。
軽い鬱状態にある時はとにかく何もしたくないし、無理矢理に何かしらを為したとしても効率が余りにも悪過ぎて、段々と自分が嫌になってくる。だから「何もしたくない病」に罹っている時は、自堕落に過ごすしかないような気がしている。しかし社会生活を営んでいれば、どうしてもやらなければならない事は多々ある訳で、どうにか最低限の事だけを歯を食いしばってこなし、それでどうにか勘弁して貰うのがやっとの生活を送る事になるのだが、それはやはり憂鬱でしかない。
しかし考えてみれば、そういう話を余り耳にした事がないので、そんな状態に陥る人はきっと少ないのだろう。そう考えると、長雨や冬において鬱屈しない人間の状態が存在するという事になるが、一体どうすればそこに自分を持って行けるのだろうか。是非とも知りたいところである。これは僕の勝手な想像だけれど、日常生活の中で頻々に運動をしていればそうならずに済むような気がする。つまり血液の循環を良くして、身体を冷やす事を避け、新陳代謝を良くすれば軽減していくのではないだろうか。まあこれは本当に想像しているだけで、何も実践はしてないのだけれど。
ところで、年寄りが天気の事ばかり話題にするのは、それだけ影響が大きいからなのだろうな、と思う。そう遠くない将来、僕らも洩れなくそうなるのだ。やり過ごす方法を学んでおいた方が良いと思う。
そして、冬鬱というものが存在する事を最近になって知った。かつての僕は冬の間は生ける屍とでも呼べるような生活を送っていたのだけれど、それも最近では軽減してきた。雨期の不調もそれと似たようなものかも知れない。気温の下降変化や気圧が関係するのだろうか。それとも血流の勢いに関係があるとか。冬鬱の場合は日照時間に関係があるようで、その治療法として毎日二時間光(太陽光でなくても可)に身を晒す事であるらしい。そういう施設も存在するとの事。しかし日常生活を営みながら、毎日それだけの時間を割いて治療に当てるというのは無理な話である。でも中には酷い鬱状態に陥る人も居るようなので、その人々には有用だろう。どのみち日常生活を送る事すら困難になっているのだから。
時折、それらの症状が軽減した理由を考えてみるのだが、何も思い当たらない。歳を取って体質が変化したのだと思う他はない気がする。
軽い鬱状態にある時はとにかく何もしたくないし、無理矢理に何かしらを為したとしても効率が余りにも悪過ぎて、段々と自分が嫌になってくる。だから「何もしたくない病」に罹っている時は、自堕落に過ごすしかないような気がしている。しかし社会生活を営んでいれば、どうしてもやらなければならない事は多々ある訳で、どうにか最低限の事だけを歯を食いしばってこなし、それでどうにか勘弁して貰うのがやっとの生活を送る事になるのだが、それはやはり憂鬱でしかない。
しかし考えてみれば、そういう話を余り耳にした事がないので、そんな状態に陥る人はきっと少ないのだろう。そう考えると、長雨や冬において鬱屈しない人間の状態が存在するという事になるが、一体どうすればそこに自分を持って行けるのだろうか。是非とも知りたいところである。これは僕の勝手な想像だけれど、日常生活の中で頻々に運動をしていればそうならずに済むような気がする。つまり血液の循環を良くして、身体を冷やす事を避け、新陳代謝を良くすれば軽減していくのではないだろうか。まあこれは本当に想像しているだけで、何も実践はしてないのだけれど。
ところで、年寄りが天気の事ばかり話題にするのは、それだけ影響が大きいからなのだろうな、と思う。そう遠くない将来、僕らも洩れなくそうなるのだ。やり過ごす方法を学んでおいた方が良いと思う。
- Last Modified : 2010-05-31
光の手
- 2009-11-30
- Category - People
- Tag - health / philosophy / pathology
もう20年近く前に当時の知人から聞いた話。彼女の知り合いに、患部に手を触れて病を治す施術者の女性が居たらしい。幾人もの病人が彼女の元を訪れ、その都度、彼女は患部に手を触れて病を治していた。しかし、数年後に今度は彼女自身が病を患ったが、残念な事に自分自身を治す事は出来なかったようで、果たして彼女は死んでしまった。ここら辺の記憶は曖昧だが、施術者の女性は、病人の病を自分自身の身体に移す事で、患者を治癒に導いていたという話だった。似たような話が乙一の " Kids " という小説に出てくる。
僕の知人は施術者の女性が亡くなった時、この世の何かしらを悟ったような気がしたと言っていた。それから時を経て彼女は美術家となった。何年か前に僕は偶然その事を知った。今現在の彼女が元気でいるのかどうか、僕は知らない。何故だかこの話を今日思い出したのだ。そして時折思い出すこの話を、書き留めて置いた方が良いような気がしたから、今こうして書いている。
僕の知人は施術者の女性が亡くなった時、この世の何かしらを悟ったような気がしたと言っていた。それから時を経て彼女は美術家となった。何年か前に僕は偶然その事を知った。今現在の彼女が元気でいるのかどうか、僕は知らない。何故だかこの話を今日思い出したのだ。そして時折思い出すこの話を、書き留めて置いた方が良いような気がしたから、今こうして書いている。
丁稚・スターダスト
以前にも少しだけ書いたけど、近所のカクヤスでバイトしている丁稚君の話。長い間見かけていなかったのだが二月ほど前に一時的に復活した。恐らく長期の休みを利用してバイトしているのだろう。丁稚君は坊主頭から少しだけ髪の毛が伸び、部活引退後の野球部員のような中途半端にフサフサな頭をしていた。相変わらず不慣れな感じでぎくしゃくと、しかし元気一杯に動き廻っている姿を見ていると心なしか気分が和む。しかしそんな気分も店内の有線放送からハイロウズの「サンダーロード」が流れ始めた時に消し飛んだ。何故かしら僕の頭の中では、丁稚君とハイロウズという組み合わせが予め設定された役柄のようにバチコーンとマッチしたのである。ヒロトだ、甲本ヒロトがそこに居る。姿形は全く違うが、朴訥とした感じが似ている気がする。僕は心の中で唸った。これまで丁稚君の属性というか背景というものに何の感心もなかったのだけれど、これほどまでにパンクバンドが似合うとは思いもよらなかった。彼はきっとバンドを組んでいる。もしくはこれから組む予定のはずだ。僕の頭の中では目眩く妄想が繰り広げられた。
★
彼はきっと幼い頃から憧れていたプロ野球選手になるべく、中学に上がってすぐに野球部に入部しただろう。しかし身体が小さく運動能力もさして高くないどころか結構低い、つまりドンくさい彼は三年間の地道な努力も報われず、結局最期まで補欠であった。中学三年の夏、夏の大会のレギュラー選出に洩れた彼は、予てから夢見ていた世界が脆くもガラス細工のように崩れていくような感覚を覚えた。思い描いていた自分自身の姿に成れなかった自分。その事実を受け容れ難くもがき苦しんだが、もうどうしようもなかった。人生初めての大きな挫折である。しかし、それでも根が真面目な彼は、夏の大会を裏方としてこれまた地道にサポートし、そして大会終了と共に彼の野球人生は終わった。
--
秋頃の彼は老人のようであった。日々を生きる目的を失い、呆然として毎日を過ごしていた。授業が終わればそのまま帰ってしまえばいいものを、いつまでも放課後の教室に残り、かと言って誰かと馬鹿話をする訳でもなく、ただぼんやりと紅く染まり始めた雲を眺めたりしていた。そして彼の役割として、突然背後からクラスメートの誰かから頭を叩かれたりするのだが、それも彼にはどうでも良い事だった。諦念。何事も諦めが肝心で、自分はそうして生きていくしかないのだ。そう考えては、夕陽に紅く染めた頬に涙を流す事さえあった。
そんな或る日の夜の事。彼は自宅の居間に寝っ転がり鼻をほじりながら何となくテレビを眺めていた。ケーブルテレビのミュージック・チャンネル。音楽にはさして感心が持てず、これまでにCDを買った事など一度もない彼であったが、2歳下の妹が部屋で聴いている音楽くらいは一応耳にしていた。そしてこの番組も妹の希望で契約に組み込まれているもので、今も妹はサラダ一番をポリポリと囓りながらエグザイルのPVを食い入るように観ている。なんかなあ、なんかなんだよなあ。恋とか愛とか愛とか恋とか歌われてもピンと来ないんだよなあ。それに何だ、この人数の多さは。彼は相変わらず鼻をほじりながらぼんやりとそう思っていた。右の鼻の穴をほじり終えると、今度は左の鼻の穴をほじった。
「ちょっとタカシぃ」
彼は妹から呼び捨てにされている。身長の差がないからだろうか。それにしても、と彼は考える。その最期の「シぃ」の部分の「い」の発音に若干の「う」が混ざったような妙な言葉遣いはどうにかならないのか。自分は勿論大っ嫌いだが、冷静に考えても世界中の人間はそれを嫌うんじゃないだろうか。彼はこれまで何度も注意しようかと考えたが、既に妹は彼の言う事に耳を貸す事などなくなっており、それどころかその事が妹の機嫌を損なうと色々面倒なので、結局何も言わないでいた。
「なに」
「そんなとこで鼻ほじんじゃねえよ。気持ち悪いんだよ」
どう、この言い草。一体何様のつもりなんだろうか。彼は鼻をほじる手を休めずそう考える。いちいち突っかかるような言い方しやがって。そんな風に他人を乱暴に扱えば、他人からも同じように乱暴に扱われてしまうというのがどうして解らないんだこのクソ女。そう言いたかったが、実のところ彼の妹は結構モテているらしい。中学一年にして既にギャル化が始まっており、自分の僅かながらの資産と親にねだった資金を使ってキラキラと着飾り始めた妹は、周囲の男どもの感心を惹きつける事にやっきになっていて、事実それが成功している。その事がどうしても納得がいかず彼は苛立った。
「うっせーな、オレの勝手だろ」
「勝手じゃねーよ気持ち悪いってんだよ、死ね!」
ちょうどエグザイルのPVが終わり場面が切り替わるところだった。サラダ一番の大袋を丸ごと投げつけられ、更に太腿に蹴りを入れられた瞬間、テレビの画面には目を剥いて絶叫する男の顔が大写しになった。どこかの会場でのライブ映像のようであった。絶叫していた男は、ステージの上を忙しく動き回り、ぴょんぴょん撥ねて妙にはっきりと聞こえる日本語で歌っていた。彼はその男に釘付けになった。ひどく痩せていて虚弱そうに見えるその男は、全身から汗を吹き出しながら懸命に叫び歌っていた。
「なにこれ。うざ」
そう吐き捨ててチャンネルを変えようとする妹に、彼は飛びかかりリモコンを奪った。
「何すんだよこのキチガイ!」
「うるっせーな!オマエが出てけ!」
顔を真っ赤にして震えている妹を尻目に、というかそちらを見ようともせずに彼はテレビ画面に齧り付いた。テレビの中の男は歌い続けていた。叫び続けていた。前へ前へ。外へ外へ。独りである事を誇らしげに口ずさんでいた。彼はいつの間にかテレビに向かって「これだ。これだ」と嘆きながら、心の中で強く強く「この人みたいになりたい」と思っていた。
--
彼は考えた。朝ご飯を食べている時も、授業中も。弁当を食べている時も。通学路の川縁を歩いている時も。晩ご飯を食べている時も。風呂に浸かっている時も。布団の中でも真っ暗な天井を見つめながら。あんな風になるには一体どうしたらいいのか。とにかくバンドを組めば良いような気がする。でもどうやって。彼はこれまで考えた事もなかった種類の欲求が突然自分の中に生まれた事に心底驚き、そういう自分自身を持て余していた。
一週間の間、彼は散々考え抜いた挙げ句にようやく落ち着いた。どう考えても一足飛びにあのような輝きを持つ人間に自分が成れるはずはない。取り敢えず自分の出来る事からこつこつとやっていくしかない。そう思いついた彼は、居ても立っても居られずにそれまで自分の知らなかった世界を知るべく情報収集に奔走し始めた。TSUTAYAでハイロウズのCDを片っ端からレンタルし、妹が留守している間に彼女が所有しているミニコンポでMDに落とし、ジャージでも買おうと溜めていたお年玉を使って一番安いポータブルのMDプレイヤーでそれを繰り返し聴いた。聴けば聴くほど好きになった。このバンドの一員になりたい、更にいうならこの音そのものになりたい。彼の欲求はエスカレートするばかりであったが、それが衝動だけでどうにか出来る訳ではない事も解っていた。
彼は歌いたかったが、演奏してくれるバンドは居ない。カラオケなんかじゃどうしようもないし、観てくれる人もいない。とにかく音を出したかった。音楽の一部になりたかった。彼は取り合えず、バンドと言えないまでも音を出せる最小単位を目指した。自分でギターを弾いて自分で歌う。今のところはそれしかないように思えた。
そう決めてしまうと、今度はギターの事ばかりが彼の頭の中を占めるようになった。カッコ良さでいうならやはりエレキギターが欲しいのだけれど、独りでやるならフォークギターにした方が良いのだろうか。だいいちエレキギターを弾きながら独りで歌ってる人なんて見た事がないし。とにかく、ギターを手に入れる事だけは決めた。手に入れるには金が要る。勿論彼はそんな持ち合わせはない。
バイトしなきゃなあ。何処で働こうか。自宅から近くて、夕方から夜にかけて出来るようなバイト。やっぱりコンビニか。彼は放課後、自転車に乗って近所を徘徊しはじめた。バイト先を探すためだ。近所には幾つかのコンビニが在って、そのどれもがバイトを募集していた。しかし深夜の枠でなければ大した時給は貰えず、それだとギターを買えるのが随分先の事になってしまう。出来るだけ早くにギターを手にしたい彼は他の業種を探そうと考えた。そうして線路脇の道をふらふらと自転車を漕いでいる時、店先に掲げられたバイト募集の広告を見つけた。酒のディスカウントショップだった。時給もなかなか良い。レジ打ちだけでなく、重い酒瓶の棚卸しや配達があるからそれだけ高いのだろう。彼はバイクの免許を持ってはいなかったが、それでも雇ってくれればと少し迷った後、店の中に足を踏み入れた。
★
と、こんな事情で丁稚君はバイトしているんじゃないかな。たぶん。
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彼はきっと幼い頃から憧れていたプロ野球選手になるべく、中学に上がってすぐに野球部に入部しただろう。しかし身体が小さく運動能力もさして高くないどころか結構低い、つまりドンくさい彼は三年間の地道な努力も報われず、結局最期まで補欠であった。中学三年の夏、夏の大会のレギュラー選出に洩れた彼は、予てから夢見ていた世界が脆くもガラス細工のように崩れていくような感覚を覚えた。思い描いていた自分自身の姿に成れなかった自分。その事実を受け容れ難くもがき苦しんだが、もうどうしようもなかった。人生初めての大きな挫折である。しかし、それでも根が真面目な彼は、夏の大会を裏方としてこれまた地道にサポートし、そして大会終了と共に彼の野球人生は終わった。
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秋頃の彼は老人のようであった。日々を生きる目的を失い、呆然として毎日を過ごしていた。授業が終わればそのまま帰ってしまえばいいものを、いつまでも放課後の教室に残り、かと言って誰かと馬鹿話をする訳でもなく、ただぼんやりと紅く染まり始めた雲を眺めたりしていた。そして彼の役割として、突然背後からクラスメートの誰かから頭を叩かれたりするのだが、それも彼にはどうでも良い事だった。諦念。何事も諦めが肝心で、自分はそうして生きていくしかないのだ。そう考えては、夕陽に紅く染めた頬に涙を流す事さえあった。
そんな或る日の夜の事。彼は自宅の居間に寝っ転がり鼻をほじりながら何となくテレビを眺めていた。ケーブルテレビのミュージック・チャンネル。音楽にはさして感心が持てず、これまでにCDを買った事など一度もない彼であったが、2歳下の妹が部屋で聴いている音楽くらいは一応耳にしていた。そしてこの番組も妹の希望で契約に組み込まれているもので、今も妹はサラダ一番をポリポリと囓りながらエグザイルのPVを食い入るように観ている。なんかなあ、なんかなんだよなあ。恋とか愛とか愛とか恋とか歌われてもピンと来ないんだよなあ。それに何だ、この人数の多さは。彼は相変わらず鼻をほじりながらぼんやりとそう思っていた。右の鼻の穴をほじり終えると、今度は左の鼻の穴をほじった。
「ちょっとタカシぃ」
彼は妹から呼び捨てにされている。身長の差がないからだろうか。それにしても、と彼は考える。その最期の「シぃ」の部分の「い」の発音に若干の「う」が混ざったような妙な言葉遣いはどうにかならないのか。自分は勿論大っ嫌いだが、冷静に考えても世界中の人間はそれを嫌うんじゃないだろうか。彼はこれまで何度も注意しようかと考えたが、既に妹は彼の言う事に耳を貸す事などなくなっており、それどころかその事が妹の機嫌を損なうと色々面倒なので、結局何も言わないでいた。
「なに」
「そんなとこで鼻ほじんじゃねえよ。気持ち悪いんだよ」
どう、この言い草。一体何様のつもりなんだろうか。彼は鼻をほじる手を休めずそう考える。いちいち突っかかるような言い方しやがって。そんな風に他人を乱暴に扱えば、他人からも同じように乱暴に扱われてしまうというのがどうして解らないんだこのクソ女。そう言いたかったが、実のところ彼の妹は結構モテているらしい。中学一年にして既にギャル化が始まっており、自分の僅かながらの資産と親にねだった資金を使ってキラキラと着飾り始めた妹は、周囲の男どもの感心を惹きつける事にやっきになっていて、事実それが成功している。その事がどうしても納得がいかず彼は苛立った。
「うっせーな、オレの勝手だろ」
「勝手じゃねーよ気持ち悪いってんだよ、死ね!」
ちょうどエグザイルのPVが終わり場面が切り替わるところだった。サラダ一番の大袋を丸ごと投げつけられ、更に太腿に蹴りを入れられた瞬間、テレビの画面には目を剥いて絶叫する男の顔が大写しになった。どこかの会場でのライブ映像のようであった。絶叫していた男は、ステージの上を忙しく動き回り、ぴょんぴょん撥ねて妙にはっきりと聞こえる日本語で歌っていた。彼はその男に釘付けになった。ひどく痩せていて虚弱そうに見えるその男は、全身から汗を吹き出しながら懸命に叫び歌っていた。
「なにこれ。うざ」
そう吐き捨ててチャンネルを変えようとする妹に、彼は飛びかかりリモコンを奪った。
「何すんだよこのキチガイ!」
「うるっせーな!オマエが出てけ!」
顔を真っ赤にして震えている妹を尻目に、というかそちらを見ようともせずに彼はテレビ画面に齧り付いた。テレビの中の男は歌い続けていた。叫び続けていた。前へ前へ。外へ外へ。独りである事を誇らしげに口ずさんでいた。彼はいつの間にかテレビに向かって「これだ。これだ」と嘆きながら、心の中で強く強く「この人みたいになりたい」と思っていた。
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彼は考えた。朝ご飯を食べている時も、授業中も。弁当を食べている時も。通学路の川縁を歩いている時も。晩ご飯を食べている時も。風呂に浸かっている時も。布団の中でも真っ暗な天井を見つめながら。あんな風になるには一体どうしたらいいのか。とにかくバンドを組めば良いような気がする。でもどうやって。彼はこれまで考えた事もなかった種類の欲求が突然自分の中に生まれた事に心底驚き、そういう自分自身を持て余していた。
一週間の間、彼は散々考え抜いた挙げ句にようやく落ち着いた。どう考えても一足飛びにあのような輝きを持つ人間に自分が成れるはずはない。取り敢えず自分の出来る事からこつこつとやっていくしかない。そう思いついた彼は、居ても立っても居られずにそれまで自分の知らなかった世界を知るべく情報収集に奔走し始めた。TSUTAYAでハイロウズのCDを片っ端からレンタルし、妹が留守している間に彼女が所有しているミニコンポでMDに落とし、ジャージでも買おうと溜めていたお年玉を使って一番安いポータブルのMDプレイヤーでそれを繰り返し聴いた。聴けば聴くほど好きになった。このバンドの一員になりたい、更にいうならこの音そのものになりたい。彼の欲求はエスカレートするばかりであったが、それが衝動だけでどうにか出来る訳ではない事も解っていた。
彼は歌いたかったが、演奏してくれるバンドは居ない。カラオケなんかじゃどうしようもないし、観てくれる人もいない。とにかく音を出したかった。音楽の一部になりたかった。彼は取り合えず、バンドと言えないまでも音を出せる最小単位を目指した。自分でギターを弾いて自分で歌う。今のところはそれしかないように思えた。
そう決めてしまうと、今度はギターの事ばかりが彼の頭の中を占めるようになった。カッコ良さでいうならやはりエレキギターが欲しいのだけれど、独りでやるならフォークギターにした方が良いのだろうか。だいいちエレキギターを弾きながら独りで歌ってる人なんて見た事がないし。とにかく、ギターを手に入れる事だけは決めた。手に入れるには金が要る。勿論彼はそんな持ち合わせはない。
バイトしなきゃなあ。何処で働こうか。自宅から近くて、夕方から夜にかけて出来るようなバイト。やっぱりコンビニか。彼は放課後、自転車に乗って近所を徘徊しはじめた。バイト先を探すためだ。近所には幾つかのコンビニが在って、そのどれもがバイトを募集していた。しかし深夜の枠でなければ大した時給は貰えず、それだとギターを買えるのが随分先の事になってしまう。出来るだけ早くにギターを手にしたい彼は他の業種を探そうと考えた。そうして線路脇の道をふらふらと自転車を漕いでいる時、店先に掲げられたバイト募集の広告を見つけた。酒のディスカウントショップだった。時給もなかなか良い。レジ打ちだけでなく、重い酒瓶の棚卸しや配達があるからそれだけ高いのだろう。彼はバイクの免許を持ってはいなかったが、それでも雇ってくれればと少し迷った後、店の中に足を踏み入れた。
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と、こんな事情で丁稚君はバイトしているんじゃないかな。たぶん。
- Last Modified : 2009-06-04
小五郎 05
去年の冬辺りから小五郎の姿を見かける事がなく気になっていたのだけれど、時期を同じくして夫人の姿も見る事がなかったので、行方を尋ねる相手もおらず、結局、寒い季節なのだから外には出たくないのだろうと考える事にしていた。ところが、年を越し春が訪れて暖かくなってきた頃に、物凄く久しぶりに小五郎と夫人が通路で戯れているところに出会す。この日の夫人は寝間着にガウンを羽織っただけの姿で、そして完全にノーメイクであった。学生の頃ならいざ知らず、家族でもないし恋人でもない女性の化粧を落とした素顔を見知っているというのは、実に微妙な気持ちになるものだ。その顔に深く刻まれた皺の示す時間の経緯を何一つ知らないのだから、何となく怖い気もしてくる。しかし夫人そんな状況にまったく頓着しない様子で、こちらからは何も尋ねていないのに勝手に喋り始めた。
どうやら小五郎はリンパ系の癌を患っていたらしい。リンパ系、と言われてもよく解らないが、夫人にしてもよく解っていないようなので病状に関する詳しい事は言わなかった。そう言えば去年の冬に姿を見かけなくなる少し前辺りから、僕が声をかけても小五郎は大儀そうに尻尾を動かすだけだったり、果てには何一つ反応しない事が続いていた。小五郎が僕に対して腹の立つ態度を示すのは茶飯事であったので、僕はさして気に止めていなかったのだが、実はあの時既に病に因り反応すら返す事が出来なくなっていたのかも知れない。小五郎は季節毎に体重の変動が激しく、その時はかなり痩せていたように思う。
夫人は小五郎が日増しに元気を無くしていく事を不審に思い獣医に診せたところ、癌との診断が下され、取り敢えず投薬に因る治療を続けながらも、これはもう駄目だろうと自分の部屋に小五郎を連れ帰って、最期を看取ろうという腹づもりであったらしい。小五郎もかなり弱っていたので大人しく夫人の部屋で寝て過ごしいたのだが、思いの外それ以上悪くなる事はなく、徐々に体力を回復させ続け、遂に数日前に部屋から外へ出る事が出来たのだという。
★
これが昨冬来の顛末である。小五郎は幾分ふくよかになった腹を敷石に擦りつけたり、ごろごろと転がり腹を見せて夫人に甘えてみせたり、隣家の植栽に顔を突っ込んで僕には見えない何かを探していたりする。春は再生の季節というが、小五郎もまた再生したのだった。
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このエントリ内に書かれている事は大体に於いて事実と異なります。
どうやら小五郎はリンパ系の癌を患っていたらしい。リンパ系、と言われてもよく解らないが、夫人にしてもよく解っていないようなので病状に関する詳しい事は言わなかった。そう言えば去年の冬に姿を見かけなくなる少し前辺りから、僕が声をかけても小五郎は大儀そうに尻尾を動かすだけだったり、果てには何一つ反応しない事が続いていた。小五郎が僕に対して腹の立つ態度を示すのは茶飯事であったので、僕はさして気に止めていなかったのだが、実はあの時既に病に因り反応すら返す事が出来なくなっていたのかも知れない。小五郎は季節毎に体重の変動が激しく、その時はかなり痩せていたように思う。
夫人は小五郎が日増しに元気を無くしていく事を不審に思い獣医に診せたところ、癌との診断が下され、取り敢えず投薬に因る治療を続けながらも、これはもう駄目だろうと自分の部屋に小五郎を連れ帰って、最期を看取ろうという腹づもりであったらしい。小五郎もかなり弱っていたので大人しく夫人の部屋で寝て過ごしいたのだが、思いの外それ以上悪くなる事はなく、徐々に体力を回復させ続け、遂に数日前に部屋から外へ出る事が出来たのだという。
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これが昨冬来の顛末である。小五郎は幾分ふくよかになった腹を敷石に擦りつけたり、ごろごろと転がり腹を見せて夫人に甘えてみせたり、隣家の植栽に顔を突っ込んで僕には見えない何かを探していたりする。春は再生の季節というが、小五郎もまた再生したのだった。
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このエントリ内に書かれている事は大体に於いて事実と異なります。
小五郎 04
前回小五郎は女にモテるという話をしたが、では男にはモテないのか。これについては些か判断が難しい。このマンションには僕が知っているだけで5人の男が住んでいる。少ないような気がするだろうが、小さなマンションだし空き部屋も在るようなのでこれが住人の男の全てだろう。男女の比率で言えば若干女が多いくらいだろうか。そんな中、男の住人が小五郎に対して何かしら声をかけたり頭を撫でたりしているところを僕は見た事がない。通行人にしたってそうだ。この事実だけを元とすれば小五郎は男にはモテない、という事になる。しかしながら、僕が他の住人達を顔を合わせる事は非常に少ない故、僕の窺い知らぬところで小五郎は可愛がられているのかも知れない。世の中には猫好きの男なんてたくさん居ると思うのでその可能性は否定出来ない。それにしても、一度も見た事がないのは何故なのだろうか。どうも腑に落ちない。まさか小五郎が雄猫だからという理由ではあるまい。
そして僕の場合、小五郎を見かければ必ず声はかけるし手近に居れば頭を撫でる。日に拠って逃げられてしまうのは、僕が時々尻尾を引っ張ったりして悪戯をするせいなのだろう。声をかけたり頭を撫でたりする事も含め、どうしてもちょっかいを出さずにはいられないのだ。これはもう僕個人の癖というしかない。猫に限らず、昔実家で飼っていた犬にもそうだったし、気に入った女が居れば必ずそういう事をしてしまうのだ。そしてこういう事を続けていれば、何れは嫌われてしまうというのがオチだ。小五郎にしても、神妙な面持ちで頭を撫でさする事を許しているが何処かしら警戒している雰囲気が在る。
気がついた事がひとつ。小五郎は僕や他の愛好者達の前では決して鳴かないのだ。大人しく可愛がられてはいるが声を発する事がない。しかし静枝夫人が一緒に居る場合だけは何故かしら如何にも猫らしい声で鳴くのだ。日が沈み、だいたい晩の七時頃になると夫人は小五郎に餌を与える為に部屋から出てくる。その音を聞きつけた時の小五郎の態度ったらないのだ。そこまでやるかと思う程に甘ったるい声で鳴いて夫人を呼び寄せ賞賛する。その間どんなに口汚く夫人から罵られようと鳴き続ける事を止めない。何というか、何処までも己の欲求に従い一番効果的だと思える行動を取る。その正直さには恐れ入るものがあり、愛でられる側の強みと言おうか実に羨ましい限りである。
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このエントリ内に書かれている事は大体に於いて事実と異なります。
そして僕の場合、小五郎を見かければ必ず声はかけるし手近に居れば頭を撫でる。日に拠って逃げられてしまうのは、僕が時々尻尾を引っ張ったりして悪戯をするせいなのだろう。声をかけたり頭を撫でたりする事も含め、どうしてもちょっかいを出さずにはいられないのだ。これはもう僕個人の癖というしかない。猫に限らず、昔実家で飼っていた犬にもそうだったし、気に入った女が居れば必ずそういう事をしてしまうのだ。そしてこういう事を続けていれば、何れは嫌われてしまうというのがオチだ。小五郎にしても、神妙な面持ちで頭を撫でさする事を許しているが何処かしら警戒している雰囲気が在る。
気がついた事がひとつ。小五郎は僕や他の愛好者達の前では決して鳴かないのだ。大人しく可愛がられてはいるが声を発する事がない。しかし静枝夫人が一緒に居る場合だけは何故かしら如何にも猫らしい声で鳴くのだ。日が沈み、だいたい晩の七時頃になると夫人は小五郎に餌を与える為に部屋から出てくる。その音を聞きつけた時の小五郎の態度ったらないのだ。そこまでやるかと思う程に甘ったるい声で鳴いて夫人を呼び寄せ賞賛する。その間どんなに口汚く夫人から罵られようと鳴き続ける事を止めない。何というか、何処までも己の欲求に従い一番効果的だと思える行動を取る。その正直さには恐れ入るものがあり、愛でられる側の強みと言おうか実に羨ましい限りである。
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このエントリ内に書かれている事は大体に於いて事実と異なります。
- Last Modified : 2008-10-31






