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DOG ON THE BEACH

ドガと郭絵師

 数ヶ月前に録っていた日曜美術館のエドガー・ドガの回を観ていたら、なかなか面白い事を紹介していた。

 ドガがよく描いたバレエの踊り子達。その妖しくも可愛らしい踊る姿の向こう側の、分厚いカーテンの影に佇む男達はどういう人間であるのか、という考証。当時のフランスのバレエ界は困窮しており、劇場の運営や、スタッフや踊り子達の生活を維持していく為には、金持ちの客達をパトロンに付けるしかなかったのだ、というような意味の事を言っていた。踊り終えた踊り子達は、カーテンの裏側で贔屓にしてくれている男達の相手をしていたとか。その「相手をする」というのがどの意味まで含めたものなのかは明言していなかったけれど、まあ、それは事情によって色々だろうな。

 そして、そういう状況は日本の花柳界や歌舞伎界とよく似ているんじゃないかと思い始めたら、下世話な話だけれども、俄然興味が沸いてきた。今までドガが何故踊り子を描くのかなんて考えた事もなかったけど、彼女達の姿に自分を重ねる事もあったのだろうか。そういう事を考えていると、郭に通い詰めながら遊女達を描き続けた、江戸時代の絵師達を思い起こす。江戸のジャポニスムの運動とそれは、まあ関係ないよな。でも、欧州でジャポニスムが長い間影響を与え続けたのは何故なのか、少し調べてみたくなった。

床屋とサンデーソングブック

 近所の床屋に通うようになって随分経つ。その床屋は基本的に主人夫婦で営んでいて、何年か毎に入れ替わるインターンがそれに加わる。ずっと前は先代の爺さんが昔馴染みの客が訪れた場合のみ鋏を握っていたが、何年か前に完全に引退した。余りにも長い間通い続けていると、この店の推移までも見て取れるので、妙に感慨深い気持ちになったりもする。

 この店は自宅が併設されており、そのどちらも二階建てである。つまり店の二階にも散髪台が在る。そしてこの空間がとても気持ち良くて、それ目当てで通っていると言っても言い過ぎではない。道路に面した大きな窓からは惜しみない陽光が入り部屋を満たす。そしてどの季節に訪れても絶妙な空調が客をもてなしてくれる。一体どうすればそんなにも心地良い設定が出来るのか不思議に思えるくらいだ。空気がとても柔らかく、まるで微睡みの為に作られたかのようだ。
 そして更には、店内にはいつも東京FMが流れていて、僕は日曜の午後に訪れる事が多いせいか、山下達郎のサンデーソングブックがよく流れている。これがまたとても具合が良くて、もともとFMの音は柔らかくて好きなのだが、放送する音源自体を山下達郎が拘ってリマスターしている(具体的にどうとかは解らない)からか、耳心地の良いオールディーズが開放的な気分にさせてくれるのである。正に日曜日。幸いな事に主人は無駄に話しかけてこないので、思う様この状況を満喫出来る。

 髪の毛を洗って貰ったり切って貰ったりする環境としてこれ以上はないような気がしている。だからこそ僕はこの店にずっと通い続けているのだし、これからも通い続けるだろう。こういう自分の身体に直接触れるような場所では、ほんの少しでも不快な要素があると自然と遠のいてしまうものだ。その要素が見当たらないのだから、自分の生活の中に変わることなく残しておきたいのである。

サンダル履きのサザンオールスターズ

 僕が小学生の頃、夜のテレビの歌番組にメンバー全員がランニングシャツにジョギングパンツという出で立ちで登場したサザンオールスターズ。「勝手にシンドバッド」が僕は大好きだった。それから数年後の1980年代初頭の紅白歌合戦で、髪の毛を七色に染め分けた桑田佳祐が「匂艶 THE NIGHT CLUB」を歌っていたのを覚えている。
 そんな風に、普通にテレビやラジオから流れてくるサザンオールスターズを聴き続けていたのだけれど、中学も終わり頃になると(サザンオールスターズに限らず)歌謡曲というものを聴かなくなった。勿論ラジオ等で流れてくるものは耳にはしていたのだけれど、レコードを買ったり好き好んでは聴かなかった。それから更に数年が経ち大学に通う頃には邦楽すら聴かなくなった。恐らく自分の身にまとわりつく過去からの全てのものを否定したかったのだろう。

 それから随分と時間が経ち、上京して働き始めた或る夏の日の事。その日は休日で、遅い時間に起き出した僕は、底をついていた洗剤を買おうと近所のディスカウントの薬局へとサンダルを引き摺った。草木も屋根もうなだれるような強い陽射しの中、店先に並べられたティッシュペーパーの箱やシャンプーやリンスのボトルが晒されていた。濃い影が潜む店内からはFM放送が聞こえてくる。流れているのはサザンオールスターズの「恋はお熱く」。その時の気温と陽射し、店構えの緩さにとても合っていた。その頃の僕が一体どういう心持ちで生きていたのかまるで覚えていないが、たっぷりと一曲聴き終えるまで僕は動かなかった。
 それとは別に、嗚呼こういう時にサザンを聴くと良いんだなと思った事を覚えている。それから暫くした後に、僕は中古屋で「バラッド」「バラッド2」を買った。自分が聴いて心地良く感じた音楽を、如何なる理由であろうと否定しない事にしようと思ったのだ。

 因みに僕は個人的な記憶と音楽が結びつくという事が殆どないのだけれど、長い年月を経て聴くともなく聴いていた夏の歌は、漠然とした感傷と繋がっている気がしている。

絵画と気候

 歳をとってきたせいなのか、近頃興味を持つ絵画と言えば日本画ばかりである。昔、学生の頃には日本画には全く興味がなかった。僕が通っていた大学には存在しなかったが、日本画科に通う連中が居る事が不思議でならなかった。日本画を観て心地良いと思った事が一度もなかったからである。それがどうした事か、最近は日本画ばかりが気になっている。
 他人の事は解らないので自分の事に関して言えば、歳をとると生命体として弱くなるが故に、いやが上にも自身のおかれた環境に寄り添うものを好むようになるのではないだろうか。例えば特にこの時期、この高温多湿な環境のもとで油で溶いた絵の具をべったりと厚塗りした絵など観たいであろうか。僕は鬱陶しくて仕方がない。そういう絵は完全に空調管理した室内でのみ、というかそういう環境でしか観る気になれない。こうした環境下で不快をもたらさずにすんなりと入り込めるのは、やはり日本画である。美術とは博物館に閉じこめられたものを観るものではなく、もっと生活の中に散在するものを眺めるべきものであると僕は思う。

 学生の頃から日本画に興味を持ち、更にはそれを習得しようとする人達は、これと同じような事を思っているのだろうか。それとも別な入り口が在るのだろうか。今更戻れはしないが、少し興味がある。

 そう言えば何年か前に、年若い知人に同じ事を語って聞かせた覚えがある。彼女は東京を離れ、今では何処かで穏やかに暮らしているようだが、元気なのかなあ。

夢二 / 鈴木 清順

 そう言えば鈴木清順の映画は一作も観ていないなあというのと、この映画のコマーシャルは昔観た事あったなあというのと、竹久夢二を描いたものなら観てみたいなあというので観てみた。主要人物は実在の人をモデルに、というか名前そのままなのだけれど性格等は実際とはあまり関係なく設定されているし、物語としても実際とは全く関係ない創作である。しかしそれはどうでも良いし、そもそも其処に期待はしていない。僕が DVD のジャケットを観た時に感じた、虚無感に苛まれた人間の色気。恐らくそれがこの映画全編に映し込まれているであろう予感に期待したのである。
 しかし実際に観れば、予想とは少し違い、人間の色気というよりその場の状況の色気が映されていた。湖や河川や森林の色気、舞台は金沢だがその町屋の造りの色気、手染めの着物の柄の色気、それを纏う女の色気。僕が大好きな世界がそこに映し出されていた。その他、金屏風の前に一輪だけ花が咲いた小鉢を台座に乗せて置いている様とか、赤く怪しく染み広がる揚屋のネオンのような灯りだとか、心打ち震えるような映像で満たされている。
 幾ら革命的な美であっても伝統的な美を踏襲すべきである。それを知った上で打破し利用するべきである。この映画を観ながら、そんな事を考えていた。
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雑踏の中の静寂

 前年末の夜に新宿を彷徨いていた時、西口の小田急百貨店近く、シャネルのショーウィンドウの前辺りで、何年ぶりかに「私の志集 三00円」と書かれたプラカードを首から提げて、頭上を渡る遊歩道の柱の前に立つ女性を見かけた。彼女の名前は冬子という。東京在住の人なら一度くらいは新宿へ赴いた際に見かけた事があるであろう、半ば都市伝説となりかけている女性である。「私の志集」で検索すれば幾らでも出てくる。その女性を見かけた人、詩集を買った人、その女性に話しかけた人。中には冷やかしどころかからかい半分で近づく輩もいたりする。僕はそういう事をする人間が大嫌いなのでそれらの記事は無視するとして、実際にその女性に話かけた人達の書いた記事を抜粋して下にリンクする。それらを読めば、人々が彼女を見てどういう風に感じ、そして接していったのかが分かる。まあ、僕のフィルタを通しているので多少偏った選択にはなっていると思うが。
 1999年に発行された田口ランディの「もう消費すら快楽じゃない彼女へ」という随筆の中にもその女性の事が書かれていて、田口ランディもその女性に話しかけたようなのだけれども、事情が上記にリンクしたサイトの運営者達の話とは随分と違う。田口ランディの聞いた話だとその女性は三代目であるというのだ。僕は訝りながらもあとがきを読んだ。すると「本当と嘘が混ぜっこぜになってしまった。」と書いてあったので、恐らく半分以上が創作であるのだろう。しかしそこに書かれている当の女性の発言は非常に現実味を帯びて僕に迫ってくる。
(中略)私の詩を買ってください、という目的のもとにこうして雑踏のなかに立っていることが、なんともいえない気分なのです。適度にちっぽけで、適度に無記名で、適度に主張していて、そしてこのすべての世界とつながっていると思える。不思議な感覚です。
(中略)だって私には主張したい事なんてないんです。だからずっと自分がなんなのかわからなかった。でも、こうしているとよくわかります。これが私です。
 その日僕は少しの間躊躇した後に、彼女に歩み寄り声をかけた。一部下さい。それまで虚空を見つめていた(何故かしら皆この表現を使う)彼女はの目は、ふいに近付いて来た僕をしっかりと見据えて応えた。はい、どうぞ。僕は100円玉三枚と引き替えに差し出された志集を受け取った。何か話かけてみようかとも思ったのだが結局、どうも、とだけ言い残してその場を離れた。この人の邪魔をしてはいけない。彼女の虚ろで強く、ほんの少しだけ温度を感じる眼差しを見てそう思った。彼女に声をかけ志集を買ったのは興味本位である。その上更に色々と知ろうとするのは、非常に邪であるように思われた。
 昔、僕が未だ上京したての頃の一時期、毎週末渋谷に出かけ、ハチ公前の地下街からの出口付近の擁壁の上に座り込んで、駅へと流れていく群衆を眺めて過ごしていた事がある。ただぼんやりと眺めるだけで、声をかけられる事も声をかける事もなく、ただただ奔流から取り残された石ころの如く其処に居た。そんな風に過ごしていて、一体どうしたかったのか未だに自分でもよく解らない。刺激に飢えていたのか、それとも人間そのものに飢えていたのか。とにかく、群衆に対峙する事に拠って何かを満たそうとしていたのではないだろうか。昔から人付き合いが余り得意ではないので、いつ何処に居ても気付けば本流から外れていた僕は、そうする事に拠って何かを補おうとしていたのかも知れない。たぶんその当時は別な事を考えていたのだとは思うけれど。

 ★

 人は他者との接触に拠ってしか自分を確認する事が出来ない。というような事を誰かが書いていた。他者に対して強く自分を主張するには気力も体力もネタも要る。それらの要素が乏しい場合に自分を主張しようとするならば、己の肉体を晒すしかないように思う。自分の存在を他者に知らしめるには、ただただ己の肉体を晒し続けるしかない。それは苦痛を伴った安堵をもたらすだろう。

 こうしてこれを書いている今も、きっと彼女は意志を持つ新宿の風景として立ち続けているのだろう。

 ★

 しまだゆきやすという人が「私の志集 三〇〇円」というタイトルで20分程の短編のドキュメンタリ映画を撮っていて、第2回ガンダーラ映画祭に出品している。去年の7月にも上映されていたらしいのだが僕は全く知らなかった。また何処かで上映してくれないかなあ。

絵初め

 父方の祖母の葬儀の時に、伯母の一人から少し面白い話を聞いた。僕がまだ幼い頃の話だ。だいたいこういう時というのは、自分の子供の頃のロクでもない話を聞かされるのが常であるが、その時もやはり御多分に漏れず、しっかりとその口を閉じたまま早い内に墓場に直行して貰いたいと思ってしまうような話を聞かされた。ま、そんな話の中の一つ。

 ある時、伯母に抱き抱えられていた僕は彼女に向かってこう言ったそうだ。「おばちゃん、ゾウの絵を描いてそれを僕にちょーだい。」・・・どういう事だろうか。普通ならば「ゾウが欲しいから買って。」などと無茶を言うのが無邪気な子供の在るべき姿であろう。なのになぜ「絵」が欲しいのか。その「絵」を自分で描かずに人に描かせようとするところがやはり子供であるが、僕は実物のゾウよりも「絵に描かれたゾウ」の方が好きだったのだろうか。その話は感慨深いようで、それでいて己の恥を露呈してしまうような、複雑な心境に陥る話であった。
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