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DOG ON THE BEACH

床屋とサンデーソングブック

 近所の床屋に通うようになって随分経つ。その床屋は基本的に主人夫婦で営んでいて、何年か毎に入れ替わるインターンがそれに加わる。ずっと前は先代の爺さんが昔馴染みの客が訪れた場合のみ鋏を握っていたが、何年か前に完全に引退した。余りにも長い間通い続けていると、この店の推移までも見て取れるので、妙に感慨深い気持ちになったりもする。

 この店は自宅が併設されており、そのどちらも二階建てである。つまり店の二階にも散髪台が在る。そしてこの空間がとても気持ち良くて、それ目当てで通っていると言っても言い過ぎではない。道路に面した大きな窓からは惜しみない陽光が入り部屋を満たす。そしてどの季節に訪れても絶妙な空調が客をもてなしてくれる。一体どうすればそんなにも心地良い設定が出来るのか不思議に思えるくらいだ。空気がとても柔らかく、まるで微睡みの為に作られたかのようだ。
 そして更には、店内にはいつも東京FMが流れていて、僕は日曜の午後に訪れる事が多いせいか、山下達郎のサンデーソングブックがよく流れている。これがまたとても具合が良くて、もともとFMの音は柔らかくて好きなのだが、放送する音源自体を山下達郎が拘ってリマスターしている(具体的にどうとかは解らない)からか、耳心地の良いオールディーズが開放的な気分にさせてくれるのである。正に日曜日。幸いな事に主人は無駄に話しかけてこないので、思う様この状況を満喫出来る。

 髪の毛を洗って貰ったり切って貰ったりする環境としてこれ以上はないような気がしている。だからこそ僕はこの店にずっと通い続けているのだし、これからも通い続けるだろう。こういう自分の身体に直接触れるような場所では、ほんの少しでも不快な要素があると自然と遠のいてしまうものだ。その要素が見当たらないのだから、自分の生活の中に変わることなく残しておきたいのである。

国立科学博物館付属自然教育園

 植物に囲まれないと堪えられない(この感覚は非常に理解し難いと思うが)と思い、先々週JR目黒駅に近い国立科学博物館付属自然教育園に行って来た。



 これまで東京に在る植物園と言えば都立夢の島熱帯植物園東京大学大学院理学系研究科付属植物園(小石川植物園)などは時折訪れていたのだが此処には初めて来た。隣の東京都庭園美術館には来た事があったのだけれど。



 敷地は広くそして開けた場所も少ないので、敷地の端に寄らなければ森に遮られて周囲に建つビルなど全く視界に入って来ない。森の中を歩き回っていてふいに空を見上げて「あれ、此処は何処だっけ」という感覚に陥る事が頻繁に有る。森林や湿地を歩いていると色々な懐かしい匂いがしてくる。樹木の匂い・落ち葉の匂い・草の匂い・池の匂い・土の匂い。かつての僕は一体何処でこのような匂いを嗅いでいたのかまるで判然としないのだが、とにかく不可思議で安心する。そして遂には此処に住みたいとさえ思うのであった。

サンダル履きのサザンオールスターズ

 僕が小学生の頃、夜のテレビの歌番組にメンバー全員がランニングシャツにジョギングパンツという出で立ちで登場したサザンオールスターズ。「勝手にシンドバッド」が僕は大好きだった。それから数年後の1980年代初頭の紅白歌合戦で、髪の毛を七色に染め分けた桑田佳祐が「匂艶 THE NIGHT CLUB」を歌っていたのを覚えている。
 そんな風に、普通にテレビやラジオから流れてくるサザンオールスターズを聴き続けていたのだけれど、中学も終わり頃になると(サザンオールスターズに限らず)歌謡曲というものを聴かなくなった。勿論ラジオ等で流れてくるものは耳にはしていたのだけれど、レコードを買ったり好き好んでは聴かなかった。それから更に数年が経ち大学に通う頃には邦楽すら聴かなくなった。恐らく自分の身にまとわりつく過去からの全てのものを否定したかったのだろう。

 それから随分と時間が経ち、上京して働き始めた或る夏の日の事。その日は休日で、遅い時間に起き出した僕は、底をついていた洗剤を買おうと近所のディスカウントの薬局へとサンダルを引き摺った。草木も屋根もうなだれるような強い陽射しの中、店先に並べられたティッシュペーパーの箱やシャンプーやリンスのボトルが晒されていた。濃い影が潜む店内からはFM放送が聞こえてくる。流れているのはサザンオールスターズの「恋はお熱く」。その時の気温と陽射し、店構えの緩さにとても合っていた。その頃の僕が一体どういう心持ちで生きていたのかまるで覚えていないが、たっぷりと一曲聴き終えるまで僕は動かなかった。
 それとは別に、嗚呼こういう時にサザンを聴くと良いんだなと思った事を覚えている。それから暫くした後に、僕は中古屋で「バラッド」「バラッド2」を買った。自分が聴いて心地良く感じた音楽を、如何なる理由であろうと否定しない事にしようと思ったのだ。

 因みに僕は個人的な記憶と音楽が結びつくという事が殆どないのだけれど、長い年月を経て聴くともなく聴いていた夏の歌は、漠然とした感傷と繋がっている気がしている。

夢二 / 鈴木 清順

 そう言えば鈴木清順の映画は一作も観ていないなあというのと、この映画のコマーシャルは昔観た事あったなあというのと、竹久夢二を描いたものなら観てみたいなあというので観てみた。主要人物は実在の人をモデルに、というか名前そのままなのだけれど性格等は実際とはあまり関係なく設定されているし、物語としても実際とは全く関係ない創作である。しかしそれはどうでも良いし、そもそも其処に期待はしていない。僕が DVD のジャケットを観た時に感じた、虚無感に苛まれた人間の色気。恐らくそれがこの映画全編に映し込まれているであろう予感に期待したのである。
 しかし実際に観れば、予想とは少し違い、人間の色気というよりその場の状況の色気が映されていた。湖や河川や森林の色気、舞台は金沢だがその町屋の造りの色気、手染めの着物の柄の色気、それを纏う女の色気。僕が大好きな世界がそこに映し出されていた。その他、金屏風の前に一輪だけ花が咲いた小鉢を台座に乗せて置いている様とか、赤く怪しく染み広がる揚屋のネオンのような灯りだとか、心打ち震えるような映像で満たされている。
 幾ら革命的な美であっても伝統的な美を踏襲すべきである。それを知った上で打破し利用するべきである。この映画を観ながら、そんな事を考えていた。
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雑踏の中の静寂

 前年末の夜に新宿を彷徨いていた時、西口の小田急百貨店近く、シャネルのショーウィンドウの前辺りで、何年ぶりかに「私の志集 三00円」と書かれたプラカードを首から提げて、頭上を渡る遊歩道の柱の前に立つ女性を見かけた。彼女の名前は冬子という。東京在住の人なら一度くらいは新宿へ赴いた際に見かけた事があるであろう、半ば都市伝説となりかけている女性である。「私の志集」で検索すれば幾らでも出てくる。その女性を見かけた人、詩集を買った人、その女性に話しかけた人。中には冷やかしどころかからかい半分で近づく輩もいたりする。僕はそういう事をする人間が大嫌いなのでそれらの記事は無視するとして、実際にその女性に話かけた人達の書いた記事を抜粋して下にリンクする。それらを読めば、人々が彼女を見てどういう風に感じ、そして接していったのかが分かる。まあ、僕のフィルタを通しているので多少偏った選択にはなっていると思うが。
 1999年に発行された田口ランディの「もう消費すら快楽じゃない彼女へ」という随筆の中にもその女性の事が書かれていて、田口ランディもその女性に話しかけたようなのだけれども、事情が上記にリンクしたサイトの運営者達の話とは随分と違う。田口ランディの聞いた話だとその女性は三代目であるというのだ。僕は訝りながらもあとがきを読んだ。すると「本当と嘘が混ぜっこぜになってしまった。」と書いてあったので、恐らく半分以上が創作であるのだろう。しかしそこに書かれている当の女性の発言は非常に現実味を帯びて僕に迫ってくる。
(中略)私の詩を買ってください、という目的のもとにこうして雑踏のなかに立っていることが、なんともいえない気分なのです。適度にちっぽけで、適度に無記名で、適度に主張していて、そしてこのすべての世界とつながっていると思える。不思議な感覚です。
(中略)だって私には主張したい事なんてないんです。だからずっと自分がなんなのかわからなかった。でも、こうしているとよくわかります。これが私です。
 その日僕は少しの間躊躇した後に、彼女に歩み寄り声をかけた。一部下さい。それまで虚空を見つめていた(何故かしら皆この表現を使う)彼女はの目は、ふいに近付いて来た僕をしっかりと見据えて応えた。はい、どうぞ。僕は100円玉三枚と引き替えに差し出された志集を受け取った。何か話かけてみようかとも思ったのだが結局、どうも、とだけ言い残してその場を離れた。この人の邪魔をしてはいけない。彼女の虚ろで強く、ほんの少しだけ温度を感じる眼差しを見てそう思った。彼女に声をかけ志集を買ったのは興味本位である。その上更に色々と知ろうとするのは、非常に邪であるように思われた。
 昔、僕が未だ上京したての頃の一時期、毎週末渋谷に出かけ、ハチ公前の地下街からの出口付近の擁壁の上に座り込んで、駅へと流れていく群衆を眺めて過ごしていた事がある。ただぼんやりと眺めるだけで、声をかけられる事も声をかける事もなく、ただただ奔流から取り残された石ころの如く其処に居た。そんな風に過ごしていて、一体どうしたかったのか未だに自分でもよく解らない。刺激に飢えていたのか、それとも人間そのものに飢えていたのか。とにかく、群衆に対峙する事に拠って何かを満たそうとしていたのではないだろうか。昔から人付き合いが余り得意ではないので、いつ何処に居ても気付けば本流から外れていた僕は、そうする事に拠って何かを補おうとしていたのかも知れない。たぶんその当時は別な事を考えていたのだとは思うけれど。

 ★

 人は他者との接触に拠ってしか自分を確認する事が出来ない。というような事を誰かが書いていた。他者に対して強く自分を主張するには気力も体力もネタも要る。それらの要素が乏しい場合に自分を主張しようとするならば、己の肉体を晒すしかないように思う。自分の存在を他者に知らしめるには、ただただ己の肉体を晒し続けるしかない。それは苦痛を伴った安堵をもたらすだろう。

 こうしてこれを書いている今も、きっと彼女は意志を持つ新宿の風景として立ち続けているのだろう。

 ★

 しまだゆきやすという人が「私の志集 三〇〇円」というタイトルで20分程の短編のドキュメンタリ映画を撮っていて、第2回ガンダーラ映画祭に出品している。去年の7月にも上映されていたらしいのだが僕は全く知らなかった。また何処かで上映してくれないかなあ。

小菊

 暫く前に、ラジオに出ていた假屋崎省吾が「最近の菊はいろんな種類があって綺麗なんですよお。」と話していたので、先週末に近所の花屋でサービス品として売られていた淡い黄色の小菊を一束買った。正確な名前は知らない。それを部屋にあったフラスコに挿している。何故そんな物が在るのかというと・・・よく思い出せないが我が家には花瓶の他にも色々と瓶が在るのだ。コカコーラの瓶(200ml)とか、北欧製の液体石鹸の瓶とか。
 それでどの瓶に挿そうかと考えあぐねて、ふと「粗末な感じのする奴が良いのではないか。」と思いフラスコに挿した訳なのだが、割とそれが気に入ってテーブルの上、パワーブックの隣に飾ってある。

 そして今日、一日部屋に居たのでその菊を眺める時間が長かったのだが、飾ってから一週間経つというのに、買った時と変わりない淡く穏やかな黄色い花はこの季節に良く似合うような気がした。しかし何かこう、薄い印象が周りに在る物全てに浸透している感じで、静けさを創り出しているいるようにも思えるのであった。美しい。確かにそうだが、何処となく薄幸そうな印象を持ってしまうのは、やはりフラスコなんかに挿しているからなのだろうか。

 儚げな色彩を持ち、しなやかさと意外な強靱さを併せ持つ和花を最近になって気に入り始めた。

アカバナー

 先々週の或る夜、我が家の出窓において、パッと見は気付かないがその実非常に不可思議な変化に気付いた。その出窓にはベンジャミンとハイビスカスとブーゲンビリアの鉢植えを置いているのだが、別にそれらの花が咲いていた訳ではない。出窓のカウンターの部分、ハイビスカスの周りがうっすらと濡れているように見えるので指で触れてみたら、何かネバネバしているのである。ハイビスカスの葉に触れると、そこもネバネバしていた。困惑した僕は腕組みをしながら唸っていたのだが、何も思い当たらない。匂いを嗅いでみても無臭だし、そのネバネバが一体何なのか判らない。しかし不気味だ。
 色々と考えてみた。疑わしい事がひとつ。アイロン用のニューキーピングのスプレーを自分で吹き付けたのだかも知れない。僕は夢遊病のような習癖はないのだけれど、昔に一度だけある。或る朝目覚めたら枕元に机の一番上の引き出しの中身が丁寧に並べられていた事があったのだ。そして後から自分が引き出しを開けて中に入っていた物を取りだし、並べている事をうっすらと思い出してしまって我ながら怖くなり、その事については出来るだけ思い出さないようにしていたのだ。
 しかしだ。ニューキーピングは糊の匂いがするので、違うだろう。じゃあ何か。全然判らない。かと言ってこのまま放っておくのも気味が悪いので、とうとう先週末に恐る恐るネバネバを拭き取った。

 そして今週。月曜の朝見てみたら、拭き取ったはずのネバネバがまたまた散布している。どういう事だろうか。葉に触れればねっとりとしている。もしかしたらハイビスカス自体がネバネバを散布しているのだろうか。調べてみるとこんな記事を見つけた。
 その昔、沖縄のおばあさんは、とても黒髪を大切にしていて、黒髪を守るためにアカバナーの粘液と良質粘土で洗髪していました。粘土の吸着効果で汚れを落とし、ハイビスカスの優れた保湿力でツヤのあるしっとりとした髪が得られました。
 ハワイではハイビスカスの粘液と良質粘土で洗髪する風習があり、優れた保湿力でツヤのあるしっとりした髪を維持していました。また、またこのハイビスカスの粘液を顔に塗り、肌の乾燥を防ぎ、張りとツヤを与え、皮膚を保護しています。
 ハイビスカスって粘液を出すんだ・・・。我が家にハイビスカスの鉢植えを置いて長いけど、そんなの今まで見た事がないのだけどなあ。今此処で話題にしているネバネバがその粘液であるかどうかは判らない。樹液というと幹に切り込みを入れると其処から滴ってくるものだが、今回の場合は散布しているからなあ。粘液が散布されるって聞いた事ないよなあ。
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