DOG ON THE BEACH
マイ・フェイバリット・ミュージック・テープ
十庵氏やLSTY氏がコンピレーション選曲とか始めたのを読んでいろいろと思い出した。御多分に漏れず僕も昔はこの手のテープをよく作っていたし、友人から貰う事もあった。最初は似通った嗜好の友人とのやりとりが主であったのが、次第に色気づいてくると、童貞のまま何も知らないままに、ただただ自分を受け容れて欲しいが為に女の子にテープを贈ったりするようになる。僕の場合、テープのみならず絵を描いてそれを渡していた。しかしその結果から言えば、どれもこれも功を奏していたようには思えない。そりゃあそうだ。自分の嗜好を、若しくは自分自身を押しつけていただけなんだもの。
さて、そんな風に懲りもせずにテープを作っては渡し、何の反応も貰えずに過ごしている時期も終わる。僕が最後に作ったテープのタイトルは「四月」だった。ただしこのテープは誰か気に入った女の子に贈る為に作ったテープではなかった気がする。数年前に、持っていたミュージック・テープを全て処分した時には残っていなかったので、結局は誰かにあげてしまったのだろう。それでも、そのテープは何度も繰り返して聴いた覚えがあるので、恐らく動機としては自分の為に作ったテープである。
そのテープの中に一体何の曲を収録させていたのか、よく覚えていない。Mr.Tambling man / Bob Dylan、There's nothing like this / Omar、Friends of mine / Incognito、Creepin' / Tamiko Jones を入れていた事くらいは覚えている。それと後は、Free Soul シリーズのどのアルバムにか収められていたジャズ・スタンダードの曲をジャマイカン・ジャズ(曲調はスカ。レゲエの前身と言われていたような・・・)で演っていた曲。春に聴く音楽として、華やかで、それでいて憂いの籠もる音を集めていたと思う。
僕が拘ったのは、選曲及び曲順は当然過ぎるので話題にしないとして、一曲終わって次ぎの曲が始まるまでのタイミングである。前曲のリズムを引き摺りつつも、次曲のイントロの印象を考慮にいれてカウントする。勿論自前のリズムで。完全手動で。そのタイミングが自分の気に入るまで何度も録音をやり直す。こういうのは MP3 ファイルをリストアップするだけでは再現出来ない。真夜中までかかってようやく出来上がったミュージック・テープを、翌日から僕は繰り返し聴いていた。自分にとっての春に聴く音楽はこれ以上の組み合わせはない、くらいの心持ちで。
それにしても、そんな大事なテープを一体誰にあげてしまったのだろうか。その当時にはそんなに好きな女は居なかったはずなのに。
さて、そんな風に懲りもせずにテープを作っては渡し、何の反応も貰えずに過ごしている時期も終わる。僕が最後に作ったテープのタイトルは「四月」だった。ただしこのテープは誰か気に入った女の子に贈る為に作ったテープではなかった気がする。数年前に、持っていたミュージック・テープを全て処分した時には残っていなかったので、結局は誰かにあげてしまったのだろう。それでも、そのテープは何度も繰り返して聴いた覚えがあるので、恐らく動機としては自分の為に作ったテープである。
そのテープの中に一体何の曲を収録させていたのか、よく覚えていない。Mr.Tambling man / Bob Dylan、There's nothing like this / Omar、Friends of mine / Incognito、Creepin' / Tamiko Jones を入れていた事くらいは覚えている。それと後は、Free Soul シリーズのどのアルバムにか収められていたジャズ・スタンダードの曲をジャマイカン・ジャズ(曲調はスカ。レゲエの前身と言われていたような・・・)で演っていた曲。春に聴く音楽として、華やかで、それでいて憂いの籠もる音を集めていたと思う。
僕が拘ったのは、選曲及び曲順は当然過ぎるので話題にしないとして、一曲終わって次ぎの曲が始まるまでのタイミングである。前曲のリズムを引き摺りつつも、次曲のイントロの印象を考慮にいれてカウントする。勿論自前のリズムで。完全手動で。そのタイミングが自分の気に入るまで何度も録音をやり直す。こういうのは MP3 ファイルをリストアップするだけでは再現出来ない。真夜中までかかってようやく出来上がったミュージック・テープを、翌日から僕は繰り返し聴いていた。自分にとっての春に聴く音楽はこれ以上の組み合わせはない、くらいの心持ちで。
それにしても、そんな大事なテープを一体誰にあげてしまったのだろうか。その当時にはそんなに好きな女は居なかったはずなのに。
健康優良不良少年
- 2007-04-21
- Category - Art
- Tag - comic / motorcycle
AKIRA を久しぶりに読み返す。どれくらい振りだろうか。6巻を1993年3月に初版で発売していて、その発売を心待ちにしていた記憶がある。夜中までかかって一気読みして、その後も眠れなくなった。いつまで経っても刺激の多い漫画である。さて、バイクに跨り疾走する不良少年とは王道中の王道(解りやすいという意味で)であるが、何故にこうも憧れてしまうのだろうか。思えば優良少年にも不良少年にも成り損ねた僕は、中途半端なままで少年期を過ごした。友達の兄貴や小学校の頃に一緒に野球をして遊んでいた友人達は何故かしら半数以上が不良になってしまい、夜毎にバイクを乗り回していた。当時の僕は崩れ始めの時期で、不良品と言えばそうだったのだが彼等のような格好良さもなく、ただただ燻り続けていた。つまり外の世界へ出て行く事が出来なかったのである。今思えば不健康極まりない状態だ。バイクの疾走とはつまり行き場のない欲求を霧散する或る種の活路であったのだ。後年、中型の免許を取得し実際に自分で走ってみてよく解った。走っているだけで、自分の中に鬱積した実体の無い不快物質を遙か後方に置き去りにする事が出来るのである。
近頃、何年も前にバイクを降りたはずの古い友人達が再びバイクを買ったと聞いた。息子が生まれたばかりなのに、中古で買った SR400 のマフラーを純正に換える事(正直この部分は理解しかねる)で頭が一杯のヤツとか。長女が幼稚園に上がったばかりなのに、愛車の交換部品を確保する為に同じ車種のジャンク品を買うヤツとか。
僕もまたバイクに乗りたいなあ、と思う。何ならこの際大型の免許取ろうかな、とも思う。しかし今以上にやる事増やしても困るなあ、とも思うのである。
すっかり AKIRA とは関係の無い話になって仕舞った。強引に纏めると、不良少年はずっと居なくならないだろうし、不良少年に憧れる少年(だった人も)も居なくならないのだろうな。
<< Prev || 1 || Next >>






