DOG ON THE BEACH
軍服
- 2011-12-06
- Category - People
- Tag - politics / sociology / psychology
一昨日の夜「坂の上の雲」を観ながらつらつらと考えていた。軍服というものは機能が最優先であるはずなのに、昔のそれはどうしてああも美しく作られているのだろう。装飾も華美だ。昨夜初めてそう思った訳ではなく、以前からそれは感じていた。
そして思い付いたのは、あの美しさはプロパガンダなのではないかという事。戦地へ赴く者が美しい装束を身に纏っていれば、それを観る者は彼ら(とそれを取り巻く状況)を良きものとして認識してしまうのではないだろうか。それは、美しい俳優を使って、優秀な撮影技術に拠って撮られた映像のように、人々を戦禍へと導くのではないだろうか。
そして思い付いたのは、あの美しさはプロパガンダなのではないかという事。戦地へ赴く者が美しい装束を身に纏っていれば、それを観る者は彼ら(とそれを取り巻く状況)を良きものとして認識してしまうのではないだろうか。それは、美しい俳優を使って、優秀な撮影技術に拠って撮られた映像のように、人々を戦禍へと導くのではないだろうか。
ぐるりのこと。/ 橋口亮輔
- 2008-06-22
- Category - Art
- Tag - movie / sociology / psychology
私見だけれど、鬱病というのは上手くいかない自分の生活や人生に対して著しい自責の念を持ち、それが行き詰まった時点で静かに発症するのではないだろうか。何かしら不都合が起きれば、何でもかんでも他人のせいにしてしまう人は鬱病にならない気がする。しかしそんな事をし続けていれば何れは周囲の鼻つまみ者になって、あらゆる人達から敬遠されてしまうだろうから、そこで行き詰まれば病気になるのかも知れない。そうなっても尚自分の置かれた状況を認める事が出来ない場合、事ある毎に理屈の通らぬ理由で他人を傷つけようとするのではないか。話が逸れた。自責の念、と書いたが少しニュアンスが違うような気がしてきた。どちらかと言えば「恥」という言葉の持つニュアンスに近い。「誰からも許して貰えない」と思っているが、実は自分を許さないのは他人ではなく自分自身であり、しかもそれは現在の事柄だけではなく過去の出来事からも苛まれる。他人からの評価を自己を越えた最終評価として捉えてはいけない。例え誰からも許して貰えなくとも、自分自身がそれを許す事が出来なければ生きていけない。どんな事が起きようともそれは仕方がないのである。
さて、先にも書いたようにこれは私見であるので、万人に当てはまる事だとは考えていない。そういう領域まで辿り着けない人だっている。しかもこれは最深部での話であるので、次の上層では他者に拠る許容を渇望するようになる。そういった場合、傍に居る信頼する人から許される事は、鬱屈した状態から浮上する助けとなるだろう。少なくともその人の前では自分が存在する事を許されるのだから。他者は自分を救う事は出来ないけれど、自分自身を救うきっかけにはなる。そこに淡い希望を持つ事が出来れば生きていけると思う。
感想と呼ぶには程遠いが、だいたいそういう内容の映画だったと思う。今現在落ちている人にとっては刺激が強いと思うので、余り薦めはしないけどね。
★
この映画を観ている最中、主に終盤辺りには劇場内の方々から鼻を啜る音が聞こえてきた。皆、日々大変な思いをしながら生きているんだなあ。その人達にとってこの映画が何かしらの手助けになれば良いなあ。と勝手な事を思っていたが、実際にその人達がどう思っているかは解らない。ただ、少なくとも僕はこの映画が在って良かったと思う。
余談だが、今夜セックスするしないで揉めるリリー・フランキーと木村多江の長回しの場面がとても楽しい。
A pop star was killed by a human being today in 1980
- 2007-12-08
- Category - People
- Tag - philosophy / psychology / sociology
僕が生まれたのは、丁度ジョンとヨーコが同棲を始めた頃である。そしてジョンが一人の青年によって命の灯火を消されてしまった時、僕は未だ鼻糞の詰まった小学生だった。日本の片田舎に暮らし、毎日の御飯と、プロ野球やスーパーカーや8時だよ全員集合や好きな女の子のスカートの色や少年漫画、それに毎週のように入れ替わるたわいのない遊び以外には何の興味もなかった僕の耳には、一人のイギリス出身のロックスターの悲報が届く事はなかった。だから、同時代的な思い入れなどあるはずもない。中学生になり、ラジオやテレビから頼みもしないのに流れてくる音楽だけでなく、自ら選んで聴く音楽を求めるようになってようやく、ジョン・レノンというロックスターが既に死んでしまっている事を知る事になる。とは言え、それは情報として知っただけの話で実感としては何もない。それにただ死んだのではなく、殺されたという事を知ったのも未だ少し先の話である。
要するに今日は John Winston Ono Lennon の27回目の命日だ。どのラジオ曲でも今日は追悼番組をやっているのだろうと思っていたが、新聞の番組表を見るとそうでもないらしい。昔はその企画だけで4時間の番組を組んでいたりした気がするが、古い話は忘れ去られていくのは仕方のない事なのだろう。僕は今日一日、部屋で The Beatles と John Lennon ばかりを聴いている。
★
さて、ジョン・レノンに対してさほどの思い入れもない僕が、何故こうやってしこしこと書いているのかというと、まあよく解らない。僕はどちらかと言えば音楽家としてのジョン・レノンよりも、人間としてのジョン・レノンの方に興味があり、それ故に命日というのはわりと気にしてしまうのだ。ロックスターとして欧米の空の上に君臨したのは、彼の正確な本望だったのかどうかは解らないが、極東の地までツアーで来たり、インドに赴きグルの教えを請うたり、現代音楽や現代美術に傾倒したり、スクリーミング療法に通ったり、自分の音楽的原点に回帰したり、女性解放運動や平和運動に参加したりと、そういう行動家としてのジョン・レノンに興味がある。
彼は一体何に成りたかったのだろうか。先ほど聴いていた J-WAVE の追悼番組。DJ の小林克也は「博愛主義で音楽的才能に溢れたポール・マッカートニーに対し、ジョン・レノンはひねくれ者で(自分自身と)戦い続ける男だった。」というような事を語っていた。まさしく、そういうジョン・レノンの姿に共感を覚えるのである。自分が成りたい自らのサンプルとしての人間が近くに存在しなかった場合、人は当てずっぽうに彷徨い歩くしかない。彷徨い歩き、少しでも共感を覚える世界には思い切って首を突っ込み、暫くして其処に違和感を感じるようになれば去り、また彷徨い続ける。その繰り返しである。ポップスターと成り万人にその姿を晒すようになっても尚、迷い彷徨う意気地を隠さない。それこそが僕が知るジョン・レノンである。

境涯
- 2007-02-10
- Category - People
- Tag - sociology / psychology
久しぶりに古い友人と電話で長話をしていると意外な話が出てきた。一月ほど前に宗教家である友人の元に、かつての共通の友人が相談に訪ねて来たとの事であった。僕は別な高校に通う事になったので、中学を卒業した後のその友人の事を僕は全く知らなかった。伝え聞くところに拠れば、高校ではさほど問題のない生活を送っていたのだが、社会に出る少し前から精神のバランスを崩し始め、そしてそのまま働いては辞め働いては辞め、を繰り返して来たとの事だった。
それで彼はどうにもならなくなり、手当たり次第に周囲に助けを求めるも何の救いも得られず、回り廻って友人の所へ頼ってきたのだった。宗教家の友人は話を聞きながら、訪ねて来た友人の変わりように衝撃を受けたようだ。僕が覚えているのは、いつもニコニコと白い歯を見せて笑っていた彼である。あれからもう20年以上経つ。そんなにも長い間、バランスを欠いた己の精神を抱えて生きてきたのだ。少し想像しただけでも目眩がする。
そう言えば中学の頃、その宗教家の友人の兄がこう言ったそうだ。「おまえらの学年は他の学年に比べて何処か違う。」何を持ってそう言ったのかは不明だが、そうかも知れないとは思った。とにかく面白い奴が多かったのだ。それだけに楽しい学校生活を送る事が出来たので、僕は密かに自慢に思っていた。しかし後年になって、ちらほらと耳に入ってくる同級生達は何だか大変な事になっている奴が多い。社会が大きく変動した訳でもないので、たかだか一二年の差に何かが在るとは思えない。なので僕の年代だけがそうである訳ではなく、どの世代でも同じように皆大変な事になったりするのだろう。
かつて、僕だけがおかしいのではないかと未だ悩んでいた頃。或る時期、或るきっかけで、誰もがそれぞれ少しずつおかしいという事に気付いた。そしてそのせいで誰もが日々酷い目に遭っている。その事実に対して僕は生まれて初めて絶望した。己が生まれ出たこの世界に言いようのない嫌悪感と無力感を味わったのだ。しかしそのままでは死ぬしかないので、僕は無理矢理にでもそれを認めるしかなかった。飲んで喰らって消化するしかなかったのだ。
それから長い年月を経て、今では随分と慣れた。世界の成り立ちとしてその事実を認める事が出来る。しかし、それでも、かつての時間や空間を共有した懐かしい人達には、幸せでいて欲しいのである。
それで彼はどうにもならなくなり、手当たり次第に周囲に助けを求めるも何の救いも得られず、回り廻って友人の所へ頼ってきたのだった。宗教家の友人は話を聞きながら、訪ねて来た友人の変わりように衝撃を受けたようだ。僕が覚えているのは、いつもニコニコと白い歯を見せて笑っていた彼である。あれからもう20年以上経つ。そんなにも長い間、バランスを欠いた己の精神を抱えて生きてきたのだ。少し想像しただけでも目眩がする。
そう言えば中学の頃、その宗教家の友人の兄がこう言ったそうだ。「おまえらの学年は他の学年に比べて何処か違う。」何を持ってそう言ったのかは不明だが、そうかも知れないとは思った。とにかく面白い奴が多かったのだ。それだけに楽しい学校生活を送る事が出来たので、僕は密かに自慢に思っていた。しかし後年になって、ちらほらと耳に入ってくる同級生達は何だか大変な事になっている奴が多い。社会が大きく変動した訳でもないので、たかだか一二年の差に何かが在るとは思えない。なので僕の年代だけがそうである訳ではなく、どの世代でも同じように皆大変な事になったりするのだろう。
かつて、僕だけがおかしいのではないかと未だ悩んでいた頃。或る時期、或るきっかけで、誰もがそれぞれ少しずつおかしいという事に気付いた。そしてそのせいで誰もが日々酷い目に遭っている。その事実に対して僕は生まれて初めて絶望した。己が生まれ出たこの世界に言いようのない嫌悪感と無力感を味わったのだ。しかしそのままでは死ぬしかないので、僕は無理矢理にでもそれを認めるしかなかった。飲んで喰らって消化するしかなかったのだ。
それから長い年月を経て、今では随分と慣れた。世界の成り立ちとしてその事実を認める事が出来る。しかし、それでも、かつての時間や空間を共有した懐かしい人達には、幸せでいて欲しいのである。
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