DOG ON THE BEACH
逢魔が時
- 2012-05-12
- Category - People
- Tag - psychology / philosophy
昼間暖かった日に、陽が傾くにつれて気温も下がり、少しく肌寒い心持ちにて部屋の中でぼうっとしていると、何やら寂しいような心許ないような気分に陥る事がある。これが精神的に安定している時であれば大した事はないけれども、少々でも不安定だったりすると、前述の感情に加えて焦燥感のようなものまで混ざってくる。そうなると不安定さが増して大変宜しくないので、何か他の事に目を向けて、意識を逸らす必要がある。勿論楽しい事が好ましい。
そんな時はテレビ放送や気に入っている DVD を観るのが良い。その他にも漫画を読むとか、落語やラジオを聴くとか。共に暮らす人があれば話すのも良いし、飼い猫に自分からじゃれついて行くのも良いだろう。調理をして暖かいものを口にするも良いかも知れない。ともかく、独りでぽつねんとしない事である。
今日の夕刻まさに、久しぶりにそんな気分になったので、録画していたテレビ番組を観ていたのだけれど、その番組が「峰不二子という女」であったので薄暗い気分は拭えなかった。仕方が無いのでこの文章を書き始めた訳(途中でスパゲティ作って食べたが)だが、ついでに「逢魔が時」を WEB 検索していてこんなページを見つけた。表現がなかなに的確だったので引用しておく。
そう言えば子供の頃、父が時代劇が好きでテレビでよく観ていた。その中で確か「破れ傘奉行」だったと思うが、エンデイングの映像が画面一杯に映された夕陽で、太陽が徐々に地平線へ沈んでいく様を毎週眺めていた。しかし僕はその映像が好きだった訳ではなく、怖くて目を逸らせなかったのだ。沈みゆく太陽がこの世の終わり、というか自分の命の終わりを連想させて、自分が死んだ後は一体どうなるのだろう。僕が死んだ後も他の人達は生きていて、僕だけが真っ暗な宇宙のような何処か別な場所に放り出されて、その時僕はどんな気持ちになるのだろう。言葉でこう認識していたのかは怪しいが、感覚的にそう思っていた。それがとても辛くて、そしてやがてそうなるのであろう事実が怖かった。逢魔が時に感じるのと少し似ている。
何の小説だったか忘れたが「人が死ぬ時に一番怖れるのは、自分という存在とお別れしなければならない事だ」というような事が書かれていた。確かにそれはとても怖い。想像するのも嫌である。霊や輪廻の考えは、もしかするとその恐怖から逃れる為に生まれたのかも知れない、と僕は思っている。
そんな時はテレビ放送や気に入っている DVD を観るのが良い。その他にも漫画を読むとか、落語やラジオを聴くとか。共に暮らす人があれば話すのも良いし、飼い猫に自分からじゃれついて行くのも良いだろう。調理をして暖かいものを口にするも良いかも知れない。ともかく、独りでぽつねんとしない事である。
今日の夕刻まさに、久しぶりにそんな気分になったので、録画していたテレビ番組を観ていたのだけれど、その番組が「峰不二子という女」であったので薄暗い気分は拭えなかった。仕方が無いのでこの文章を書き始めた訳(途中でスパゲティ作って食べたが)だが、ついでに「逢魔が時」を WEB 検索していてこんなページを見つけた。表現がなかなに的確だったので引用しておく。
一日が終わろうとする夕暮れ時。お豆腐屋さんのラッパが薄暗くなりかけた夕焼け空を流れていく。我を忘れて遊びに全身を打ち込んでいた幼い頃、夕暮れ時はいつも理由もなく物悲しい気分にさせられた。そう、逢魔が時には何か終焉が迫っているような気がしてくるのだ。その辺りが焦燥感を生むのだろう。
仲間との別れ。遊びの終焉。明日になれば、また、会えるのだし、遊べるのだけれど、私は心の底で、でもそれは絶対ではない……と感じていたように思う。
毎日巡ってくる、一日のあの時間帯。昼から、夜へ、その橋のような時間。明るくも暗くもないそのぼんやりした感じ。このぼんやりした橋を渡るとき、私はいつもとぼとぼと一人だったように思う。人攫いが出てくるのなら、こういう時だろうなと想像もしたっけ。
そう言えば子供の頃、父が時代劇が好きでテレビでよく観ていた。その中で確か「破れ傘奉行」だったと思うが、エンデイングの映像が画面一杯に映された夕陽で、太陽が徐々に地平線へ沈んでいく様を毎週眺めていた。しかし僕はその映像が好きだった訳ではなく、怖くて目を逸らせなかったのだ。沈みゆく太陽がこの世の終わり、というか自分の命の終わりを連想させて、自分が死んだ後は一体どうなるのだろう。僕が死んだ後も他の人達は生きていて、僕だけが真っ暗な宇宙のような何処か別な場所に放り出されて、その時僕はどんな気持ちになるのだろう。言葉でこう認識していたのかは怪しいが、感覚的にそう思っていた。それがとても辛くて、そしてやがてそうなるのであろう事実が怖かった。逢魔が時に感じるのと少し似ている。
何の小説だったか忘れたが「人が死ぬ時に一番怖れるのは、自分という存在とお別れしなければならない事だ」というような事が書かれていた。確かにそれはとても怖い。想像するのも嫌である。霊や輪廻の考えは、もしかするとその恐怖から逃れる為に生まれたのかも知れない、と僕は思っている。
- Last Modified : 2012-05-12
軍服
- 2011-12-06
- Category - People
- Tag - politics / sociology / psychology
一昨日の夜「坂の上の雲」を観ながらつらつらと考えていた。軍服というものは機能が最優先であるはずなのに、昔のそれはどうしてああも美しく作られているのだろう。装飾も華美だ。昨夜初めてそう思った訳ではなく、以前からそれは感じていた。
そして思い付いたのは、あの美しさはプロパガンダなのではないかという事。戦地へ赴く者が美しい装束を身に纏っていれば、それを観る者は彼ら(とそれを取り巻く状況)を良きものとして認識してしまうのではないだろうか。それは、美しい俳優を使って、優秀な撮影技術に拠って撮られた映像のように、人々を戦禍へと導くのではないだろうか。
そして思い付いたのは、あの美しさはプロパガンダなのではないかという事。戦地へ赴く者が美しい装束を身に纏っていれば、それを観る者は彼ら(とそれを取り巻く状況)を良きものとして認識してしまうのではないだろうか。それは、美しい俳優を使って、優秀な撮影技術に拠って撮られた映像のように、人々を戦禍へと導くのではないだろうか。
中央線沿線を歩く(西荻窪〜吉祥寺)



駅を通り過ぎて左側の商店街というか呑み屋街を抜ける。抜けるといきなり裏通り。


なだらかな下り坂の後に上り坂。延々と高架上線路の脇を歩く。

「生産緑地地区」なる立て札が掲げられているエリアが在った。


微妙に古い造りの建物が在ったりする。

敷地境界を物ともしない植物ども。

武蔵野市との境界。

シャッター降りてるけど、店舗面積広くて良さそうなパン屋。


少し線路から離れる。木々が増え、閑静な雰囲気になってくる。吉祥寺女子高校とか。高校生のカップルが校門の近くで逢瀬を楽しんでいた。人家も多く、二階の窓からピアノの練習する音が聞こえてきたりする。


道筋ではなかったけど、取りあえず鉄塔は撮る。昼間でも灯りの点く高架下の街灯。

夜を待つ屋台車。

十二分に整備された住宅地。


この建物は何だっけな。個人的にはやり過ぎだと思う。再び線路に近づき、高架下のスーパーを眺める。

その脇でうなだれる向日葵。


線路を挟んで右を歩いたり左を歩いたり。

そろそろ吉祥寺の街だ。

到着。この日まで、この街を訪れたのは三回くらいしかなかったんだけど、これを書いてる今ではしょっちゅう来てる気がする、というか実際来てる。なので感慨深さなど微塵もない。
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はてさて、中断時期も挟んで長々と続けた中央線沿線の旅は、取りあえずこれで終わり。偏見混じりだけど、これ以上は物質的に密度が薄くなりそうだし、先々の事を考えると止めるタイミングが掴み難いし、自宅から離れ過ぎてるし、色々とキリが無い。個人的にも整理する時期であるようなので、ここまで。
この散歩は2011年7月31日に歩いたものです。
- Last Modified : 2011-10-17
中央線沿線を歩く(荻窪〜西荻窪)



線路沿いの歩道が続く。足を踏み入れてはいないが商店街の入り口のアーチ。

測量設計会社の古いビル。昭和の香りが色濃い。

これは何だっけな。骨董品屋かな。


右側の塀に囲まれた敷地、地図にも載ってないからよく判らないのだけれど、JRの敷地なのかな。


そのまま進んでもつまらなさそうなので、実は後戻りして線路の右側に出た。荻寺光明院の入り口。中に入れるようなので門を潜るとたくさんの地蔵像が。


境内と線路の間は近隣の人々の通行路になっているようだ。何人かとすれ違った。石像や小ぶりの石塔の半ばうち捨てられた感じが侘びしい。


境内を抜けて一般道に出る。そして紆余曲折していると、殺伐としていたり閑静だったり、色々な表情がある。

再び線路を越える。この辺りから樹木が巨大化してくる。


と思っていたら、駅が近いのだろう、人家ではなくビルが増えてきた。


西荻窪駅に到着。
この散歩は2011年7月31日に歩いたものです。
- Last Modified : 2011-10-17
中央線沿線を歩く(阿佐ヶ谷〜荻窪)後編




今度は北へ進んで線路を越える。こちら側も大凡は住宅地で、良い感じに草臥れた人家が在ったり、ギンガムチェックの前掛けをした地蔵像が在ったり、不思議な体色をした象が居る公園が在ったりした。

線路に近づいて行く道。並んだ自販機の横にビール箱が重ねてあるのが良い風情。



一度近づいた道は再び線路から離れていく。線路から離れないように意識しつつ歩いていると、何だかクネクネしてしまって、気がつけば都道四号線に辿り着いた。


複雑なクランクを回り、都道を渡る。


今度は都道の裏道的な道を歩いた。すると左方に面白そうな建物が見えたので、軌道から逸れてそちらへ進んでみると、どうやらレトロなデザインを売りにしたホテル、というか旅館のようだ。


元の道に戻り、線路沿いの道を歩き、ようやく荻窪駅の到着。
この散歩は2010年8月14日に歩いたものです。
- Last Modified : 2011-10-13
中央線沿線を歩く(阿佐ヶ谷〜荻窪)前編



駅を通り過ぎると、何となしに商店街が始まる。


T字路に突き当たったので、セオリー通りに線路側へ進もうかと迷ったが、右側の方が面白そうな雰囲気が在るので少しだけ進んでみる事にした。ら、一風変わった外観の建物が出現。後から調べると、これはザムザ阿佐ヶ谷という劇場であるらしい。何となく納得。


元の道へ戻って線路を越える(正確には線路の下を潜った)。少しすると再び緩やかな商店街が始まる。同じ「スターロード」という看板が在るので、一続きの商店街という解釈なのだろう。右の写真は、喫茶店のように見える店に貼ってあった。何故なのかは判らないけど、劇場も在る事からすると演劇好きな人が多く集まるのかも知れない。


更に続く緩くスターロード。垣根を覆い尽くすが如くモッサリと繁る雑草。


ま、まだまだ続くスターロード。ひっそりとしたオープンカフェ。一応ここでスターロードは終わりのようだ。


線路方向へと向かう。高架下には線路に沿って通路が設けられている。

線路を越えたところに在る人家。樹木が良い感じに威張っている。

のんびりとした道が続く。


住宅地に入った様子。えーと、稲荷神社だったかなこれ・・・。

古めの人家とマンションの間のを通り抜けると、何やら校門のような建物が見える。

果たして文化女子大付属の中・高等学校だった。
この散歩は2010年8月14日に歩いたものです。
- Last Modified : 2011-10-13
日常的疾患
- 2011-02-20
- Category - Days
- Tag - diary / psychology / hatena
いつもではないけれど、新しいものや刺激のあるものを受けつけなくなる時期がある。
例えば、週末に映画のDVDでも観ようとレンタル屋に行くとする。しかし、棚に並んだ様々なタイトルを眺めてみても、どれも観ようという気になれない。自分で映画を観たいと思って行ったのにである。そもそも、ホラーやスプラッタは好きではないし、そんなものをわざわざ時間を割いて観る気はないので予め除外しているが、この場合はそういうもの以外でも食指が動かない。観ても良いと思えるのは既に観た事のある映画。内容を既に知っているものに限れらる。要は、想定外の物語を観る気になれないのだ。
また別な例を挙げると、散歩をしたいと門を出ても、今日はこっちの道を歩いてみようと、余り通らない道を選んだりはしない。いつも通る道をいつものように選んでしまう。その道がどこからどのように曲がって、どこに何が在るのか熟知している道だ。
考えてみればその感覚が生じる分野は多岐に渡る。新しい本、新しい音楽、新しい食べ物、新しい人、その他色々、とにかく自分の知らないものに関して、それを受け入れる余裕が持てないのだ。
こういう事は自分の生来の性格的な傾向なのだと思っていた。もしくは少し疲れているか。しかし今日今更ながらに気付いた。これは軽い鬱状態なんじゃないだろうか。僕の最も酷い状態の時にはNHKの教育テレビしか観れなかった。嘲笑や怒りや悪意など、精神的に圧迫する要素を含んだ番組を観る事が出来なかった。明るく、予定調和に収まる物語以外は受けつける事が出来なかった。
今はそれほどの事はないにしても、その入口に立っているような気がする。何かひとつ踏み外せば、闇の中へ真っ逆さまだ。これは注意深く過ごさねばならない。そうなってしまったのは、風邪ひいたり事故に遭ったりするようなもので仕方ないが、このままで良いはずはない。
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そしてこの度気付いたのはそれだけではなく、そういう状態に、頻繁とは言わないまでも、気付けばなってしまっている己の精神的強度の脆弱さ。これは少なからずショックだった。全然平気で暮らしているものだとばかり思っていた。子供の頃から身体が若干弱く、何を考えたのか父親に赤蝮ドリンクとかキヨレオピンを飲まされていた。それが功を奏したとは思えないくらい今でも身体は弱いと思っているが、精神的な面に関してもそうだったとは思わなかった。己を過信するのは良くない。可能域で暮らすのが賢明だ。
対策を考えなければ。そういった時期を出来るだけ少ないしたい。
例えば、週末に映画のDVDでも観ようとレンタル屋に行くとする。しかし、棚に並んだ様々なタイトルを眺めてみても、どれも観ようという気になれない。自分で映画を観たいと思って行ったのにである。そもそも、ホラーやスプラッタは好きではないし、そんなものをわざわざ時間を割いて観る気はないので予め除外しているが、この場合はそういうもの以外でも食指が動かない。観ても良いと思えるのは既に観た事のある映画。内容を既に知っているものに限れらる。要は、想定外の物語を観る気になれないのだ。
また別な例を挙げると、散歩をしたいと門を出ても、今日はこっちの道を歩いてみようと、余り通らない道を選んだりはしない。いつも通る道をいつものように選んでしまう。その道がどこからどのように曲がって、どこに何が在るのか熟知している道だ。
考えてみればその感覚が生じる分野は多岐に渡る。新しい本、新しい音楽、新しい食べ物、新しい人、その他色々、とにかく自分の知らないものに関して、それを受け入れる余裕が持てないのだ。
こういう事は自分の生来の性格的な傾向なのだと思っていた。もしくは少し疲れているか。しかし今日今更ながらに気付いた。これは軽い鬱状態なんじゃないだろうか。僕の最も酷い状態の時にはNHKの教育テレビしか観れなかった。嘲笑や怒りや悪意など、精神的に圧迫する要素を含んだ番組を観る事が出来なかった。明るく、予定調和に収まる物語以外は受けつける事が出来なかった。
今はそれほどの事はないにしても、その入口に立っているような気がする。何かひとつ踏み外せば、闇の中へ真っ逆さまだ。これは注意深く過ごさねばならない。そうなってしまったのは、風邪ひいたり事故に遭ったりするようなもので仕方ないが、このままで良いはずはない。
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そしてこの度気付いたのはそれだけではなく、そういう状態に、頻繁とは言わないまでも、気付けばなってしまっている己の精神的強度の脆弱さ。これは少なからずショックだった。全然平気で暮らしているものだとばかり思っていた。子供の頃から身体が若干弱く、何を考えたのか父親に赤蝮ドリンクとかキヨレオピンを飲まされていた。それが功を奏したとは思えないくらい今でも身体は弱いと思っているが、精神的な面に関してもそうだったとは思わなかった。己を過信するのは良くない。可能域で暮らすのが賢明だ。
対策を考えなければ。そういった時期を出来るだけ少ないしたい。
- Last Modified : 2012-01-12






