DOG ON THE BEACH
山手線沿線を歩く(恵比寿〜目黒〜五反田)


左上: 山手線の線路とその向こう側に恵比寿ガーデンプレイスを眺めながら、緩やかな坂道を歩く。どうでも良い写真だが説明の為に一応載せておく。何の説明なのかは後述する。
右上: 整備された街を歩いていると時折こういうのを見かける。しかし大概はその土地の区や施設の名称が彫り込んであるものだが、これはそういうのは一切無かった。絵柄は周囲の風景にそぐわないし、一体どういうつもりの物なのかが不明。
左下: 街の片隅に、こういった感じで街灯や電柱や信号機やカーブミラーが佇んでいると、思わず写真を撮ってしまう。物を擬人化するのは余り良くない習慣だとは思うのだが、どうしても止められない。
右下: ガード下の踏切。複雑な障害物が進路を執拗に妨げる。恐らく自転車や何かで、ぎりぎりのタイミングでこの踏切を突っ切ろうとする輩がたくさん居るのだろう。そんな気分になるのは解る気がする。
さて、左上の写真の右側には、余った土地を無理矢理に利用したような、ただただ整備しただけのつまらない公園がある。公園と言えども地べたは土ではなく全てインターロッキングに覆われ、ベンチが二台と意味のよく解らないオブジェのようなものが設置された、とても憩う気分にはなれないような空間。僕は其処で俄には信じ難い光景を目にしたのである。
二台あるベンチの内の一つに一人の女が座っていた。髪型や肌の白さや大きな目が緒川たまきに似たその女性は美しく、この日の天候の穏やかさを慈しむが如く微笑んでいた。そしてその両膝には男が半身を投げ出し顔を埋めていたのである。彼女の左手は男の肩に置かれ、右手は男の髪の毛を優しく撫で続けていた。大きな公園、例えば代々木公園や新宿御苑ではこういう光景をたまに見かけるし、いーなあ羨ましいなあ俺もあんな風に女に優しくされてえなあと涎をダバダバ垂れ流すくらいで済む話なのだけれど、今回は少し事情が違う。何が違うかと言えば、その男はどう見ても一般的には浮浪者と呼ばれてしまうような出で立ちであったからである。
薄汚れたブルゾンにこれまた薄汚れたスウェットパンツにスニーカー。そのどれもが元の色が判別出来ないくらいに退色している。ベンチの傍らには僕が中学生の頃に乗っていたようなかなり古いタイプの自転車が駐めてあり、荷台にはダンボール箱に色々な物が詰め込まれた状態で括り付けてある。女の膝に埋まっているので顔は判らない。しかし彼女が撫で続けている髪の毛が白髪混じりな事から、男は中年以上の年齢であるのだろう。僕は狼狽しながらも目が離せずにいた。何故だ。何故この組み合わせが成立しているのだ。僕はその現実離れした光景に目を奪われ、その場に立ちつくしていた。
そのまま見つけている訳にもいかないので僕は取り敢えず彼らの前を通り過ぎた。しかしどうしても気になる。このツアーでは、行き止まりでもない限り後戻りする事を自らに禁じていた僕であるのだが、今回ばかりは戻った。一度戻り、再びコースに乗る為にもう一度通り過ぎた。その際に女と目があった。その目に拒否の色が見て取れたので僕はそのまま歩き去らざるをえなくなった。後ろ髪引かれる思いとはまさにこの事である。僕はこの二人に物凄く興味を持った。何なら写真を撮ってインタビューでもしたいくらいである。彼らの背景に物凄く濃厚な物語の存在が伺えて、その予感に強く惹かれるのである。しかしながら、その物語の中に僕が足を踏み入れるのは非常に失礼な気がして、僕は歩き去る事にした。

左: 右側の線路と左側の住宅地へと伸びる二股に挟まれる形で設置された公衆電話ボックス。公衆電話自体が急激に減っているこのご時世だが、このボックスは当分残されているような気がする。立地条件がとても良い。手前に立つ樹木が何なのか確認し忘れたが、桜のような気がする。春も盛りの真夜中に、街灯に白く浮かび上がる桜に身を隠しながら、恋い焦がれる誰かに電話したくなる絶妙な舞台装置だ。今時そんな人は居ないかも知れないけど。
右: 五反田駅。何の面白みもないどころか、荒んだ気持ちになる面構えだ。
恵比寿で見かけた二人の事が余程気になって頭から離れなかったのか、目黒駅の写真を完全に撮り逃している。
五月の運転士
毎年五月の或る日、利用する路線の運転士が物凄く下手くそな事に気付く。適切な減速地点を把握出来ていないのか急制動を頻繁に繰り返す。それを三度もやられたら吊革を握る手を放し、乗客を掻き分けて運転席に怒鳴り込みたい気分になる。そしてふと思い出すのである。そう言えば去年も一昨年もそのずっと前からこうであった事を。
想像するに、五月というのは新米の運転士が初めて電車の操作を任される時期なのではないだろうか。そう考えると、あのような粗暴な運転が行われる事に合点がいく。恐らくベテランの運転士が補助で横に座って目を配っているだろうから事故が起きる事はまずないのであろう。しかしながら、僕は車両事故の事を考えるとリスクが大きいような気がして先頭車両に乗る事が滅多にないからよく知らないのだけれど、急ブレーキなんかかけちゃったら先頭車両のそれも運転席の背後辺りに乗っている乗客から物凄い形相で睨まれたりするんだろうな。中には怒鳴ったり窓を殴ったりする人も居るかも知れない。その重圧たるや、想像しただけで胃の辺りが気持ち悪くなる。
さてそんな不安定な中、乗客同士の肩がぶつかったとか足を踏みつけられたとか無言の内にも賑やかな状況に陥るのであるが、どうせなら好ましい対象に肩をぶつけられたり足を踏まれたりした方が気分良く過ごせるというものである。僕の場合なら、乗った車両をさっと見渡して一番可愛いと思う女性の傍に出来るだけ近付こうと目論みる。ついつい足を踏んでしまった事をきっかけに五月の風のような恋など芽生えないかしら、とか夢想するからである。しかしこの場合、飽くまで自然さが重要である。あからさまにその対象に近付こうとすれば、傍から見ても当人にしてもそれはただの気色の悪いおっさんである。
この時期、僕は毎日そんな事ばかり考えながら電車に揺られている訳だが、えてして僕の足を踏むのはおっさんばかりである。そんな時は恋の甘みとは真逆の苦々しい気分で「おい痛えじゃねーかよ!俺の足踏んでんじゃねえよ!てめえ何様のつもりなんだよ!人の足踏んでむくれてんじゃねえよ!つうか今すぐてめえの足切り落とせよ!」くらいの心持ちで、自分の年齢などまるで棚に上げて憤っているのである。
この季節、全国の電車内では様々なドラマが生まれているに違いない。
想像するに、五月というのは新米の運転士が初めて電車の操作を任される時期なのではないだろうか。そう考えると、あのような粗暴な運転が行われる事に合点がいく。恐らくベテランの運転士が補助で横に座って目を配っているだろうから事故が起きる事はまずないのであろう。しかしながら、僕は車両事故の事を考えるとリスクが大きいような気がして先頭車両に乗る事が滅多にないからよく知らないのだけれど、急ブレーキなんかかけちゃったら先頭車両のそれも運転席の背後辺りに乗っている乗客から物凄い形相で睨まれたりするんだろうな。中には怒鳴ったり窓を殴ったりする人も居るかも知れない。その重圧たるや、想像しただけで胃の辺りが気持ち悪くなる。
さてそんな不安定な中、乗客同士の肩がぶつかったとか足を踏みつけられたとか無言の内にも賑やかな状況に陥るのであるが、どうせなら好ましい対象に肩をぶつけられたり足を踏まれたりした方が気分良く過ごせるというものである。僕の場合なら、乗った車両をさっと見渡して一番可愛いと思う女性の傍に出来るだけ近付こうと目論みる。ついつい足を踏んでしまった事をきっかけに五月の風のような恋など芽生えないかしら、とか夢想するからである。しかしこの場合、飽くまで自然さが重要である。あからさまにその対象に近付こうとすれば、傍から見ても当人にしてもそれはただの気色の悪いおっさんである。
この時期、僕は毎日そんな事ばかり考えながら電車に揺られている訳だが、えてして僕の足を踏むのはおっさんばかりである。そんな時は恋の甘みとは真逆の苦々しい気分で「おい痛えじゃねーかよ!俺の足踏んでんじゃねえよ!てめえ何様のつもりなんだよ!人の足踏んでむくれてんじゃねえよ!つうか今すぐてめえの足切り落とせよ!」くらいの心持ちで、自分の年齢などまるで棚に上げて憤っているのである。
この季節、全国の電車内では様々なドラマが生まれているに違いない。
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