叔母の家は、曲がりくねった路地の奥にあり、もう五十年も昔の家だった。
 路地はまたいくつもの路地につながり、時代劇にでてくるような、玄関の戸の上半分が障子になっている長屋が、地をはうように寄り集まっていた。
 雨が降ると、石だたみがぐらぐら動き、石の下からぐちゅぐちゅと、どろがはね上がった。
 その長屋の小さな庭で、植木屋さんのお妾さんだという人がふんどしを干していたり、袋はりをしている様子が、路地から見えた。叔母の家の隣の玄関先は、ゆかたを着たゆうれいが赤ん坊を抱いてでるのだった。
 ごたごたと家並みが不ぞろいだったけれど、人びとはけっして不潔な暮らしをしているとは思えなかった。夏には路地は水が打ってあったし、玄関の障子を開け放して、すだれがかかっていて、小さな窓に朝顔の花がからみついていた。
 ある朝、窓を開けると雪だった。まぶゆく白い雪が、あたりをまったくちがう世界にしていた。
 ひしめき合っている長屋の屋根が美しかった。叔母の家の少し波うっている瓦も、雪がつもると、波うっていることが微妙な美しさだった。

佐野洋子著『私の猫たち許してほしい』ちくま文庫 1990年 pp.42-43