DOG ON THE BEACH

A season passes. A castle can be seen. Where is a soul without a wound ?

Month: November 2004 (page 1 of 2)

About a boy / Chris Weitz & Paul Weitz

 High Fidelity に続いて Nick Hornby 原作の映画。父親の残した遺産(印税)の上に乗っかって、仕事や家族にまつわる全ての責任に背を向けて生きている Hugh Grant 演じる主人公が、シングル・ペアレントやその子供と接していくうちに、自分の空虚さに気づき、それを埋めようとやっきになる、という物語。実は僕、シングル・ペアレントという言葉を初めて知りました。日本ではシングル・マザーとかはよく聞くんですが、シングル・ファザーも余り聞かないし、男女を分けずに言い表す事がないような気がします。
 前半部分で、Hugh Grant が演じる主人公の軽薄さが、身につまされるようで、それでいてとても笑わせてくれます。こういう役はこの人しか思い浮かびません。

 この映画を観終わって思ったのは、家族でも夫婦でも恋人でも支えきれない何かというのは確実に存在し、それを抱えて生きている人達は、その時こそ別な「誰か」を必要としているのだろうな。それも本当に切実に。

セロリと玉葱と人参と鶏の挽肉をトマトとコンソメで煮込んだスープ

 普通に別な名前があったような気がするが、思い出せない。たぶんこの料理は10年振りくらいに作る。レシピなど忘れているので全て適当。今回は、温野菜を食べる目的で作るので、セロリ・玉葱・人参は多めに。それらを鍋に放り込み、水を満たして火にかける。取り敢えず強火で沸騰させ、その後は中火で煮込む。人参が柔らかくなった事を確認して、鶏の挽肉を入れる。挽肉に火が通った頃に弱火に落とし、バジル・胡椒・コンソメ(固形)を適当に放り込む。最後にトマト・ピューレを一瓶混ぜ、蓋をして弱火のまま煮込む。余り火を通すとビタミンが逃げるという話を思い出し、味を確認したところで調理を終える。
 適当に作った割りには、なかなか旨く出来た。ホントはこれにパンとか付けると良いのだろうが、食欲が無いのでこれだけにする。でも酒は呑む。画像に映っているグラスの中身はホワイト・ラムの水割り。

私にも妻がいたらいいのに / パク・フンシク

 実際に観る前までは、タイトルからしてもっと、結婚願望の強い男の割と切実な物語だと思っていたのだが、そうでもなかった。勿論そいいう要素は随所に散りばめられているのだが、実際は、観ていて苦笑いの絶えない、そんな映画である。主人公の男女が「ああ、そう思っちゃうよね」「ついつい、そういう事しちゃうよね」的な事を、ほんの少し大袈裟にして次々に見せてくれるので、最後まで飽きない。それに劇的な変化なども皆無なので、気楽に流して観る事が出来る。テレビドラマを観るような気分で、テレビドラマよりも良質な映像を観たい時に丁度良い。

High Fidelity / John Cusack

 この映画、観ると共感出来る事など山ほどあるし、それが余りにも多すぎるので、その全てに対して何か書こうという気にはなれない。なので僕はたった一つの事柄に対してだけ書こうと思う。その他の事に関してはいずれの機会にでも書くとしよう。

 さて、そのたった一つの事とは、自分が持っている音源のストックから或る目的を持って厳選された「マイ・フェイヴァリット・テープ」の事である。この映画の主人公を含め、舞台となる中古レコード店のスタッフは、任意のテーマに沿った自分の TOP5 を提示し合う。そして時には、気になる女性へ自ら編集したカセットテープをそっと手渡す。これは、実際にやった事のある人でないと解らないと思うが(勿論僕もその一人)、本気でそれを作ろうとすれば本当に一日仕事である。朝、選曲する事から始めて、カセットテープのAB両面を埋める頃には既に陽が暮れているという感じだ。下手すりゃ夜中になってもまだやっている。端から見れば狂気の沙汰に思えるだろうが、本人に至っては疲れさえ感じる事もなく没頭している。ダヴィングの間中、彼等は常に興奮状態にあるので、気にならないのである。何も好きな曲を並べれば良いものではない。在る一曲を限りなくドラマテイックに演出する為の捨て曲も在る。一本のカセットテープの中で一つの物語を作ったりする。それはそれは途方もない努力が必要なのである。

 この映画の原作となる Nick Hornby の本は、Amazon で見る限りではペーパーバックが2000年に発売されている。原作を読んでいないので詳しくは判らないが、21世紀になってもまだカセットテープを使っている事が少し不思議に思えて、何故だろうと少し考えていた。思いついた。いや、実際にこの映画や原作がその事を考慮して描かれているのかどうかは判らないけど。MD や CD-R では出来ない事は一つある。(デジタルでも本格的な機器を揃えれば出来るとは思うけど)それは曲間の間合いを作れない事だ。僕が作っていた時には(もう何年も作ってないけど)前曲の最後の一音と後曲の最初の一音をどう繋ぐかに最大限の注意を払った。勿論、曲間の無音の部分の長さも重要だ。盛り上げたい場合には、きちんとテンポを計って繋ぐ。センチメンタルな曲の後に、それを振り払うようなアップテンポの曲を持ってくる場合には、十分に余韻が消えるまで引っ張って、それから一気に突き上げる。そんな小細工が出来るのは、一般の機器ではカセットテープだけではないかなあ、と思ったのである。素晴らしい。カセットデッキを捨てなくて本当に良かった。

 またしても、紹介しているモノにはあまり関係のない話で埋めてしまう私のレビュー。それでも、最後に一つだけ付け加えるなら、自分が編集したカセットテープを渡した女の子と、その後上手いこと行った事は一度もない。取り敢えず喜んではくれる(気に入るように作っているのだから当然と言えば当然)が、いつの場合も、それだけである。

東京下町 Night Walker – Reprise

 そう言えば、一昨日の夜歩いたのは23時近くで、その時間になるとさすがに道を歩いている人は殆ど見かけない。しかも江戸川の土手なんか誰も居ない。すぐ側の車道を車が時々走り過ぎて行くくらいである。その車道は土手のサイクリングロードよりも低い位置を走っているので、必然的に街灯も低く、微妙な高さを照らしている。

 暫くの間、南に向かって歩いていると、風に乗って何処からか女の歌声がかすかに聞こえてくる。最初、演劇部か何かの発声練習かと思ったのだが、どうも違う。声には震えるようなヴィヴラートがかかり、声量がハンパではない。声楽をやっている学生が練習でもしているのだろうか。河川敷の向こう側、つまり川の方から聞こえる。もしかしたら対岸かも知れない。想像して貰えると分かると思うが、暗闇の中からそんな声が聞こえてくると、ちょっと怖い。
 その声が気になりつつも、更に南へ歩こうとする僕の目に、一つの人影が見えた。サイクリングロードをゆっくりとこちらへ歩いてくる。だんだん近づいて来て、その人影が男だと分かった。更に近づいて、5mの距離までくると、それがイタリアかスペインか中東かインド辺りの彫りの深い顔立ちである事が見て取れた。20代の若者で、俯いたまま歩いている。足取りは重く、酷く落ち込んでいるようにも見える。先ほどの歌声は未だ途切れ途切れに聞こえている。若者はうなだれている。そしてその他には僕以外に誰も居ない。何だかもの凄い予感を含んだ場面に出くわした感じである。

 結局その後は何事も無く我々は擦れ違い、それぞれの世界の在るべき場所へ歩き進んで行ったのであった。こういう事があるので真夜中の散歩は面白い。怖いけど。

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