昔、小学校高学年の頃の話。いつの間にか仲良くなっていた友人の家が神道系の教会を営んでおり、そこの信者やその子供達が集って行われる催しに時折参加していた。僕の家族は誰一人そこの信者ではなかったのだけれど、何故かしら僕は呼ばれていた。当時はその教会の息子の友人だからだとばかり思っていたのだが、実は、町に初めてその教会が設立される際に、僕の祖父が先代の先生(とその教会では呼ばれている)の家族共々、色々と世話をしたらしい。その話はずいぶん後になって母から聞かされたのだが、恐らくそういう経緯があって僕は気を遣われていたのだろう。でもあまあ、そんな事は本筋と関係ないのでどうでも良い。

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 ある年、夏休みを利用してキャンプが計画された。何処へ行ったのかはまるで思い出せないが、適当なその辺りの山間だったのだろう。僕が育ったのは平野部だったが、その周囲には山々が連なっており、車を走らせればキャンプ施設は結構あちこちに在った。
 その時は、教会の友人の他にも同級生が何人か(その時はかなり大人数が参加していたので、僕の他にも非信者を呼んでいたようだ)居たせいもあって、結構楽しいキャンプだった憶えがある。とは言え、この催しについての記憶はかなり薄く、殆ど一つの場面しか憶えてない。それを今から書く。

 昼間さんざん暴れて、陽が落ちては美味しい夕食(カレーだったと思う)を食べ、それを終えればもうたいしてする事はない。適当な間隔で据えられたテントに潜り込んで、ランタンの灯りを頼りにお互いの顔を確認しながらお喋りに講じるだけである。とは言え、一体何の話をしていたのか。人間というよりもまだ、動物に近い生き物である小学生男子にたいした話がある訳もない。どうせ学校での噂話にでも花を咲かせていたのだろう。それか、それ以前に話もせずにただふざけ合っていただけかも知れない。そんなものだ、小学生男子なんて。
 ところが、その幼稚な夜に未知なる存在が訪れた。僕の知らない信者の娘とその友人である。その二人が一体どういうつもりなのか男子の森に前触れも無く侵入して来たのだ。僕は全く知らない人(しかも年上の女の子)の登場にものの見事に動揺し、口もきけないでいたのだが、教会の息子である友人と、もう一人の友人には共に二歳上の兄があり、そのどちらもが侵入者である女の子達と同級生だかクラスメイトだかで面識があるようだった。まあ、それ以前に教会内で何度か顔を合わせた事があるのだろう。とにかく、二人は臆することも無く(しかし幾らかは興奮気味に)その夜の侵入者と喋っていた。
 僕はと言えば、相変わらずムッツリ黙り込んだまま会話を聞き流していたと思う。そりゃあ仕方ないだろう。そんな経験した事がなかったのだから。ここでひとつ説明を加えておくが、侵入者の二人は共に美しく、片方は黒髪で目が大きく、唇の厚い元気な女の子。片や一方は全体的に色素が薄く、顔の造作もやや冷たい感じのどちらかと言えば控えめな女の子であった。彼女達のそういった様子も相まって、僕はとにかく緊張して黙り込んでいた。ところが、である。

「あんた大人しかねぇ」

 一言も喋らない僕を気遣ったのか、前述の後者に当たる女の子が突然僕に話しかけてきたのだ。しかしそこではない。重要なのはそこではなく、その時の彼女の所作である。彼女は僕の顔を見据えたまま、なんと僕の剥き出しの膝小僧を撫でてきたのである。僕は飛び上がらんばかりに驚いた。はずなのであるが実はその辺りの事はよく憶えていない。どうせ「う、うん」とか口ごもっただけであろう。そんな行動に対応するようなスキルも根性も持っていたはずはない。今をもってすれば、考えるまでもなく僕は彼女にからかわれただけだ。こちらは毛も生え揃わぬ子供であり、彼女は既に思春期真っ只中である。対等である要素など何処を探しても見つかりはしない。
 そしてその時の後の事は一切憶えていない。恐らく、彼女達が退屈してさっさとテントを出て行ってそれで終わったんじゃなかろうか。何かが起きたりはしないと思う。小学生だし。

 彼女達の事はその後何度も見かけてはいる。例えば僕が中学校に上がった時に彼女達は未だ三年生で、時折校内で見かけはするのだが、地方のそのまた田舎では、派手で元気な人達はたいがい不良グループ(当時はまだヤンキーという言葉はなかった気がする)に属しているもので、つまり、彼女達を見かける際には漏れなくその周囲に怖い先輩達が集っているので、もし僕にそんな勇気があったとしても、とても話しかけられるような雰囲気ではなかった。僕がその女の子を想っていたという事はなかったと思うが、意識の端っこには居たような気がする。少なくとも中学の時までは。いや、そうでもない気がして来た。僕の女性へ対する好みの一部としては受け継がれているかも知れない。
 そして数年後、再び僕は彼女と邂逅した。どういう場であったか、これまた全く記憶に無いが、社会人となった彼女は何処かの化粧品メーカーの美容部員として働いており、化粧も巧みで更に美しくなっていた。この人はホントに綺麗な女性なんだなー、と想った記憶のみが残っている。

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 長々と書いてきたが、たったこれだけの話である。別に面白くも無いし。しかしこの話は何年かに一度は思い出すので、せっかくなので文章として残しておこうと考えたのである。人の記憶は年月を経て行くと共に細部が誤魔化され、都合の良い美しさを増していくものだが、このまま放っておくと酷い事になりそうな気がしたので取りあえず書いてみた。