DOG ON THE BEACH

A season passes. A castle can be seen. Where is a soul without a wound ?

Month: May 2014

阿波おどりとセクシャリティ

 阿波おどりと言えば子供の頃から知ってはいるが、そういえばまともに見たことないなと思って暫く前に YouTube を漁っていた。東京に居た頃に何度か見かける事はあったのだけれど、それほど興味をそそられなくて通り過ぎる程度だった。では何故急に興味を持ち始めたのか。数ヶ月前の話だと思うのだけれど、きっかけが何だったのかすっかり忘れてしまった。
 それまでに持っていた阿波おどりのイメージは、二拍子で鳴らされる太鼓と鐘が踊り手を鼓舞し、踊り手は男女とも両手を前方上に突き出しながら割と激しく踊る祭り、という「いかに興味がなかったのか」が判るものだった。しかし動画をいろいろ観て回ってみれば、思いの外に性的なニュアンスの強い踊りであり、その部分に興味を抱いた。

 特徴が判りやすいかと思い、同じ撮影者の動画を並べてみた。阿波おどりにはたくさんの連(グループ)が参加しているそうだが、動画サイトにアップロードされるのは有名で大きな連であるのだろう。だいたい同じ名前の連の動画が列ぶ。前者が「さゝ連」で、後者が「阿呆連」。おそらくこの二つが最も有名なのではないだろうか。

 さてまず「さゝ連」。この連の踊りは非常に解りやすいというか、結構風刺的である。
 女踊りは編み笠を被り、法被を羽織り、長襦袢に下駄という格好であるが、腰にぴったりと貼り付いた長襦袢と、脚の動きに合わせて翻る裏地の赤が扇情的である。編み笠の後ろ側は大きく開いているので、髪をまとめ上げたうなじがこれみよがしの様子である。下駄にはかかとが有り、ハイヒールと同じくつま先立ちの姿勢と軽やかさを生み出す。腕を上げたままで踊るすがたも、何かしらの作用があるような気がする。そして女踊りの踊り手達は拡がったり、まとまったりしながら、後進の男踊りの踊り手達の目の前で華やかに、自分達の姿を見せつける。
 一方、男踊りの踊り手達は、どろぼうかぶりに、浴衣を纏い、草履履きで踊る。腰を落として背中を丸め、地を這うように、そろりそろりと忍ぶように進み、やけに横への動きが大きいその様子はとても下卑た印象を与える。そして滑稽である。
 役割というか、見栄と下心のせめぎ合いというか、あまり善とは言えない部分をそれぞれに強調されていて、面白い。

 つぎは「阿呆連」。格好には差はないが、こちらはそれほどあからさまではなく、前後の動きに勢いがあり、やっこ踊りがある。これまでに僕が見たやっこ踊りといえば、ひょっとこ面を被った男衆が凧役で、右へ左へと流され、それでもしっかりと糸で引っ張られている様子が滑稽な踊りであった。しかしこちらでは男女間でそれをやっているからか、滑稽な要素は見当たらず、情愛の駆け引きのように目に映る。それにお互いに囃し立て合い、挑発しているような場面もある。

 以上のように、土着的な性の捕らえ方と洗練が入り交じっていた様子が、とても興味深い。そして Wikipedia のページにあるように、最近では性別関係なく女踊りに参加する人が増え、男踊りに参加する女性もいるようなので、女踊り・男踊りの振り分けは性差ではなく役割分担のような形になっているようだ。
 阿波おどりの起源に関しては、徳島大学の論文に詳しい。(配布ページにはどうしても辿り着けず、PDF ファイルへ直リンク)

 ところが、アジアの現代アートの歴史はまだ浅く、したがって、今のところギャラリーのシステムが確立されていません。そこで、プライマリーの作品を、アーティスト自身がやギャラリーが、いきなりセカンダリーのマーケット、つまりオークションに突っ込んでしまう事が起きています。一度も買われたことのない作品が、セカンダリー級の価格で落札されていくわけです。こうなると、確かにアーティストにとってもギャラリーにとっても、実入りはいいです。
 セカンダリー・マーケットでの差益は、その作品を出品した人のものです。村上隆さんの作品が一億円で落札されたところで、村上さんにも僕にも、一銭たりとも入りません。お金は出品者に入ります。ただ、セカンダリー・プライスが高くなれば、それにつられてプライマリー・プライスも値を上げるので、アーティストやギャラリーはそうした間接的な利益があるだけです。

小山登美夫著『現代アートビジネス』アスキー新書 2008年 pp.118-119

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