DOG ON THE BEACH

A season passes. A castle can be seen. Where is a soul without a wound ?

Month: April 2010

夢の残骸(後編)

 やはり昨夜の女からだった。僕は携帯の番号を彼女に教えた覚えは無かったのだが、そこはほれ、どれだけ矛盾があろうとも夢の中では当然のように処理される。

「一緒に出るから待ってて」

「え?」

「いいでしょ?」

「まあ・・・いいけど」

「じゃあ、10分後に」

「今どこ?」

 通話は切れた。僕は煙草に火を点けて、門に寄りかかって女を待つ事にした。

  —

 そして映像は飛んで、僕らは何処かの食堂に居た。いや、食堂と呼ぶにはかなり変わった店の作りをしていて、店の片側に厨房があり、それを囲むようにしてカウンター席がある。そしてその背後の壁は全て格子窓が覆っており、陽光が差し込んでいる。内装は殆どくすんだ木材で、背後の窓の向こうは線路であるらしい。光溢れる中を時折列車がガタゴトと通り過ぎる。
 僕らは会話もなく、目の前の定食を平らげる事に専念していた。二人とも生姜焼き定食。肉汁とタレが千切りのキャベツに滴っている。僕は豚肉でキャベツを巻くようにして箸で掴み、勢いをつけて頬張った。隣を窺うと、女も同じようにして食べていた。生姜焼きの量がとても多い。僕らは黙ったまま咀嚼を繰り返した。

 気付くと、女が誰かと喋っていた。僕は噛み砕いた肉を呑み込みながらそちらを見遣った。50過ぎくらいの男がニヤけながら女に話しかけており、女は食べるのを止めすっかり話し込んでいる。すぐ隣で喋っているのに、僕には内容がよく聞こえなかった。何故だろうか。夢だからとしか言いようがない。
 僕はもうそちらを見ない事にした。何だか腹に違和感を感じるのだ。それは勿論嫉妬と呼ばれるものである事は承知していたが、思い入れの無いはずの女の事で嫉妬する自分を受け入れたくなかったのかも知れない。僕は女が食べかけている定食に手を伸ばした。

 –

 僕らは列車のボックス席に向かい合わせで座っていた。明るい空の下、瞬く間に流れていく風景をぼんやりと眺めながら、お互いに全然別の事を考えているようだ。女が何を抱え、何を思いながら生きているのか。僕には見当もつかないが、その横顔が綺麗だと思った。

「ねえ」

「なに」

「これからどうするの?」

「・・・」

「どうすんの?」

「取りあえず行く当てはない」

「じゃあなんでこの列車に乗ったの?」

「わからない」

 列車はひた走り、やがて視界に海が広がった。

夢の残骸(前編)

 何だか夢をよく見るようになってしまった。と言っても印象的なものは1・2週間に一度くらいだけど、以前は殆ど見なかったのでそれと比べれば頻繁に見ているように感じる。原因は最近睡眠時間が安定していないからだろうか。それとも陽気のせいだろうか。
 今回は少し長いので二度に分ける。夢見ていた時間は短いし、相変わらずイメージが散漫なのだけれど、それを無理矢理繋げていたら長くなってしまった。取りあえず記しておく。

 ★

 目を覚ました時、僕は雑魚寝状態の和室の部屋で布団にくるまっていた。和室と言えども入口は一つで、8畳ほどの部屋の突き当たりから右に折れるようにまた8畳が在る、不思議な間取りの部屋であった。僕は丁度曲がり角に当たる部分に寝ており、近くにはブラウン管の小さなテレビが在った。外はまだ暗く真夜中であるようだ。僕は再び目を閉じる。

 半覚醒の僕の耳に、何人もの人が何度も部屋を出たり入ったりしている物音が聞こえた。

 くぐもった人の声が小さく聞こえる。薄目を開けると、人工的な光が目を打つ。誰かがテレビを観ているようだ。しかもその音声から察するにアダルトヴィデオのようである。迷惑に思いながら僕は被っていた布団を引き剥がした。意外な事にアダルトヴォデオを観ているのは女であった。

「あの・・・」

「なに?」

「なんでそんなの観てんの?」

「さあ」

 女は20歳を少し過ぎたくらいだろうか。短い髪の毛、額に垂れた前髪の奥の眼差しは半ば閉じていた。僕は画面に目を遣る。そこには隣にいる女と同じ顔の女が喘ぐ姿が映し出されていた。

「ねえ、これ君なの?」

「そう・・・去年のわたし」

「そう」

 僕はそこまで訊いたところで急に眠けを感じ、布団を被り再び目を閉じた。

 –

 再び目を覚ますと、女が同じ布団で寝ていた。僕は女の身体を引き寄せ、そのまま眠りに落ちた。
 –
 閉じた瞼の向こうに明るさを感じ、目を開ける。朝のようだ。傍らに女の姿はない。起き上がって部屋の中を見廻すと、布団に埋もれた人の身体が点在する。起きて身支度をしなければ。これから何処かへ行く当てがあるようには自分自身思えなかったが、とにかく此処を出なくてはならないようだ。僕は脱ぎ捨ててあったジーンズを穿きネルシャツを羽織って、デイパックに荷物を詰め始めた。
 すると、部屋の反対側で同じように荷造りをしていた男が声をかけてきた。

「なあ」

「なに」

「おまえと一緒に寝てた女、連れか?」

「いや、違う」

「じゃあ何だよ」

「知らないよ」

「何だそれ。ちぇ。まあいいや」

 僕が荷物を持ち立ち上がって部屋を出て行こうとすると、先ほどの男が再び話しかけてきた。

「あのさあ、あの女、俺前にも見た事あるぜ」

「この町で?」

「いや、此処じゃない。もっと西の方」

「何してた?」

「なんかなあ、繁華街だったんだけど、暴れてた」

「暴れてた?」

「そう。最初酔ってるのかと思ったけど、そうでもなさそうだった。とにかく絡んでくるおっさん達相手にまともに立ち回ってたよ。そこら辺にある物片っ端から投げつけたりしてさ、走り回ってた」

「ふうん、何だろな」

「何だろうなー。でも、もう関わらない方が良いかもよ? 何だかジャンキーっぽいし」

「そうかな?」

「ああ、そう思うね」

「詳しいね」

「似たようなの何人も知ってるからな」

「そうか」

「そうだよ」

「ありがと」

 僕は部屋を出て玄関まで歩いた。ひどく安普請な旅館で、何故こんな所に泊まろうと思ったのかまるで思い出せない。そして玄関を出て表の通りに差し掛かったところで携帯電話が鳴った。

夢の残骸

 昨日の朝はごく短い、全く違う夢を二つ見た。短いがとても印象的な映像だったので記しておく。

 ★

 僕は田園の緑がたゆたう風景を眺めながら、機関車に乗り、長い時間をかけてとある町へ向かっていた。夢の中の設定では僕の生まれ育った町であるらしい。その町は広大な平野部を走る国鉄線の行き止まりで、何故そんな開けた場所を終着駅にしたのかよく判らないが、とにかく線路は其処で終わっていた。果たして駅に着いてみると、そこには乗降の為のホームなど無く、ただ芝生の生い茂った地面が拡がっていた。出迎えらしき数十人の老若男女が線路を囲み、走り回る子供達の手には風船が握られていた。何か特別な日だったのだろうか。僕にはそんな覚えは全くないし出迎えに人が来る予定もなかったが、とにかく僕は他の乗客と共に列車を降りた。
 少し離れた場所に立ち、談笑している二人の女性に目を止めた。見覚えがあると思ったら一人はテレビ等でよく見かけていた女優で、一人は中学の同級生であった。二人はそれぞれ子供連れで、走り回る子供達に時折声をかけながらも話し続けていた。何故あの女優がこんな所に居るのだろうか。僕は不思議に思いながら駅舎へ向かう。駅舎は10メートルばかり離れた場所に在り、ペンキで白く塗られた木造の平屋であった。形ばかりの改札を抜け、駅前に拡がる街並みを見て僕は愕然とする。僕の記憶にあるのは古ぼけたそれであったが、今目の前に拡がっているのは店も住宅もどれも皆新品で、どこかオモチャっぽい雰囲気のものばかりであった。

 ★

 僕は夜の街に立っていた。周囲に灯りは無く真っ暗だ。ずっと向こうの地上の灯りが背景となり、目の前に黒々とした高架線路の影を浮かび上がらせていた。僕は不安で堪らなかったが、自分の足元すら見えないので動く事が出来ない。吹き抜ける冷たい風は体温を奪い、僕は堪えられずにうずくまる。すると、風の乗って笛の音が聞こえて来た。するすると流れるように音は僕の周りを駆け抜ける。そして突然鋭い音で笛が鳴ると、彼方此方に1メートルから2メートルくらいまでの、様々な大きさの縦長の赤提灯がぬっと現れた。提灯には、勘亭流の文字と梵字の間くらいの読めない文字が黒く描かれている。それらの灯りは朧気で僅かに揺れている。人間が掲げているのだろうか。そして相変わらず周囲は真っ暗なままだ。
 僕は暫くその光景を眺めていたが、堪えきれずに一番近い提灯へ向かって歩き出す。

 ★

 そこで目が覚めた。

花見、酩酊、そして記憶喪失。

 先の日曜日の谷中墓地での花見。そういうのは本当に久しぶりで、若干の寒さはあったものの、昼から夕方まで十分に楽しんだ。参加者も一人を除いては初対面の方々ばかりであったが、そこはほれ、酒が入るので割と問題無く過ごせる。酒を呑み、旨い物を食べ、喋り、桜を愛でる。シンプルで静かな娯楽である。しかしこのエントリではその事を書きたいのではない。その後僕は奇異な体験をする事になり、その事を書きたいのだ。

 ★

 会場の撤去を終え、日暮里駅で参加者の方々とお別れした後に、同じく参加していた友人と「せっかくだから軽く呑んで行こう」(ついこの前も呑んだけど)という話になり、「気軽にそして適当に」がモットーの我々は華の舞に腰を据える。陽が落ちてから少し寒い目に遭っていたものだから熱燗を注文する。それと、腹は膨れていたので摘む程度の料理を。それから何を話したのだろうか。朧気に、最近気に入ってるブログサイトの話だとかをしたような気がする。そしてどういう訳か Perfume の話になり、「一番好きな曲は?」と尋ねられ「シークレット シークレットかな」と応じれば「オレはエレクトロ・ワールード」との返答。それを聞いた途端「しまった」と思った。考えるまでもなく自分もそうだった事を思い出したのだ。そしてやおらその曲の良さを語り始める僕。一体何をそんなに頑張らねばならないのか自分でも解らないが、一生懸命喋った気がする。

 そしてその時点からの記憶が無い。これが今回のメインの話だ。

 一体どの時点で切り上げ、支払いを済ませ、友人と別れ、電車に乗って自宅へ辿り着いたのかほぼ覚えていない。翌日友人に尋ねれば「ふらついてはいたけど、ちゃんと割り勘で支払って、高架上の改札で別れた」という事であった。全く記憶にないが、飲み代を踏み倒したり、吐瀉物をかけたりして迷惑をかけてはいないようなので安心した。僕はこれまで前後不覚になるまで泥酔した事は何度かあれども、記憶を無くした事は殆どない。だから今回そうなってみて思うのは、記憶を無くすと本当に不安になる。自分で自分を把握出来ていないというのは恐ろしい事である。

 その後再び記憶を取り戻すのは、自宅に戻った時点からである。ただ、途中うっすらとしたフラッシュバックのように思い出せる事もある。僕は地元の駅の改札を抜けた辺りを千鳥足で歩いていた。「シュコー、シュコー」とダースベイダーの真似をしながら。泥酔しながらも余裕があったのだろうか。
 そしてまた記憶は途切れ、今度は浴室でコンタクトレンズを外している自分の姿。なかなか外れなくて結局諦めた。シャワー浴びるのも面倒に思えて、少し横になろうとベッドに横たわった。

 そしてブラックアウト。目を覚ましたのは朝の5時だ。

 部屋中の、夜用の照明が全て灯され、暖房が効いた中、僕はジーンズとジャケットを脱いだ状態でブランケットにくるまって寝ていた。不思議な目覚めであった。何せその状況に覚えがないのである。自分が横になった事しか覚えていない。取りあえず歯を磨こうと浴室に入り、そう言えばコンタクトを外さねばと思い瞼をこじ開けると、眼球に張り付いているはずのレンズがない。そしてレンズケースを見ればそこにはレンズがきちんと収納されていた。レンズは外せなかったはずである。しかし現実には収納さされている。
 僕は混乱した頭を抱えつつシャワーを浴びた。少しだけすっきりした頭で改めて部屋を見廻す。まず玄関の扉が施錠されていない。不用心極まりないが、部屋に入った記憶がないからそんなもんだろうなと思った。そして作業場(個人的な認識)に入れば、アーム・ライトが灯され、パワーブックが立ち上げられており、そしてあろう事か誰かがこの部屋で煙草を吸ってる!って僕以外に居る訳ないのだが、煙草は花見の途中で切れたはずである。横を見遣るとハイライトのカートンボックスの封が切られていた。覚えはないがどうやら何処かで買って来たようである。恐らくいつものファミマだろうけど、何しろ記憶が一切無いので、その場で何をしでかしたか判ったものではない。次に行った際に何も言われない事を祈ろう。

  ★

 明け方の弱い朝日が差し込む部屋は他人の部屋に見えた。旅行などで数日部屋を空けると時折こんな感覚に陥るが、この違和感はこれまでの人生で最強だ。レコーディング機能を停止した僕が一体どのような心持ちで過ごしていたのか。まるで他人を思うように想像する。いつものように少しだけ出窓を開け、椅子に座り煙草をふかす僕。一体何を思っていたのだろうか。それとも何も考えていなかったのか。その後ろ姿は、間が抜けているようにも思えるし、儚いようにも思える。記憶を無くしている間の僕は、それはもう僕ではなく他人だ。そんな人間を思う機会を得る事が出来て、割と楽しい。酒に呑まれて前後不覚になるというみっともない事極まりない夜ではあったが、自分が自分に対して他人を目を持つ事が出来るというのは、なかなか得難い、良い経験であったように思う。

 とは言え、やはり怖いので余りやりたくはない。

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