DOG ON THE BEACH

A season passes. A castle can be seen. Where is a soul without a wound ?

Month: October 2004 (page 1 of 2)

死刑台のエレベーター / Louis Malle

 ne_san さんが野沢直子野沢直子言うもんだから観てみたんですが、というのは冗談で普通に観てみたかったので土曜日に観ました。観ている最中に三度も揺れるので怖いの怖くないのって怖かったんです。んで、肝心の冒頭のジュテーム映像・・・えーと、そんなに似てないと思いますよ。確かにいきなりのドアップで引きましたが。個人的にジュテームジュテーム繰り返されるのは辛いし、何でもかんでも「二人の愛」に結び付けられても違和感を感じるばかりです。もっともっとエロかったら余り気にしないと思いますが、この映画はそういう話でもないので。

 さて、野沢似と言われるジャンヌ・モローですが、この人ってカットに依って全然印象が変わりますね。ひどく幼く見えるカットもあれば、老けて見えるカットもある。有名だから名前は知ってたんですが、そう言えばこれまでに彼女が出演した映画は観た事ないかも知れません。街を歩く姿がとても美しいです。
 この映画を観ていて一番怖かったのは、花屋で働く女の子とその恋人の愚かさというか、幼稚さ。こういう人達って意外に身の回りに居そうな気がして、それがとても怖い。

Swing / Tony Gatlif

 毎度の事ですが、ストーリーは追いません。この映画は、もうとにかくマヌーシュ・スウィングです。詳しくは後で書きますが、フランス北部に居住する英語圏でいうジプシーの呼称がマヌーシュです。そこで生まれたスウィング、それがマヌーシュ・スウィングです。その演奏が本当に素晴らしい。観ていて気が付いたのですが、スウィングってお互いの技量やセンスに対する信頼から生まれるんじゃないかと思うのです。ほら!どうだ!良い感じだろ? 次はお前の番だ。気持ちの良い音を頼むぜ。よし!そう!最高だ!よしきた、今度は俺の番だ!というこういう感覚がスウィングじゃないかなあ、と思ったりする訳です。そう考えるとジャンルや奏法なんて関係ない気がして来ます。指揮者に統制されたクラシックなどは無理な気がしますが、在る程度、個人のインプロビゼイションが許された状況であれば、何でも良いのです。それは別に音楽に限った事ではありません。枠組みが大きくなりますが、ルーティンワークでない仕事でもあり得るかも知れません。スポーツでも、セックスでもそうかも知れません。目的はただ一つ。お互いの創意工夫の先にどれだけの心地良さを獲得出来るか。それに尽きるように思えます。それがとても難しい事は周知の通りです。

 話が飛び過ぎたようですが、まあ、そんな事を考えていた訳です。何となくスウィングってグルーヴと似てるな。そう思います。違うような気も気もしますが、やはり似てる。
 んで、欧州各地でのジプシーの呼称は以下のようです。

英語圏ではジプシー、ドイツではシンティやツィゴイネル、フランスではマヌーシュやジタン、スペインではヒターノ、イタリアではツィガーノ、そして東欧からバルカンではロムと呼ばれている。

 余談ですが、Gitan と言う煙草がありますね。昔僕は好きで吸ってました。友人にも一人、あと大学の先輩に一人吸っている人が居ましたが、それ以外(禁煙者はおろか喫煙者にまで)の人達には嫌がられてましたね。牧草みたいな匂いがして良いのに。それから、この映画の中にも度々登場しますが、マヌーシュ・スウィングの生みの親、Django Reinhardt 。彼のスウィング奏法の出で立ちに朧気な記憶があったので、改めて調べてみました。

この奏法の創始者は故ジャンゴ・ラインハルト氏。もちろん、生粋のマヌーシュ。18才のころ、幌馬車の火事で左手の薬指、小指を失い、その後数年かけ、左三本指で押さえる独特の奏法を編み出した。

 マヌーシュ・スウィングとは、指を失ってもなお音楽を諦めなかった人が作り上げた、超絶の技術なのでした。
 あ、もう一つ。ギターを抱えて走る少年の姿は、とても美しかった。

山の郵便配達 / 霍 建起

 前回紹介した「ションヤンの酒家」と同じ監督の作品。この映画の主人公も「ションヤン〜」と同じく、傍目から見れば貧しく困難の多い生活を選び取る。彼等は雲上に見える経済的な豊かさよりも、家族や周囲の慣れ親しんだ人達・場所を選び取る。不確かな階段を登るよりも、確かな思い出と戯れる事を選び取る。どちらの映画にしても、現在の中国の近代化から身を翻して生きて行こうとしている人間を描いている。勿論、それについてどうこう書くつもりはないが、皆疲れているのだな。と、そう思ったりする。

ヘルタースケルター / 岡崎 京子

 誰か(それが特定であれ不特定であれ)の視界から外れる事、つまり忘れられる事への恐怖は、人に驚くほどの刹那的な行動をとらせてしまう。勿論個人差はあるし、それとは逆に視界から外れる事に安堵し、それを望む人も居る。これらを「欲望」という言葉で表すのは少々違和感があるのだが、本作に倣って「欲望」としておく。欲望に駆られた人間の姿は、グロテスクである。自分の欲望以外には何も見えなくなっているのだから当たり前だが、周囲に不安や不快感を呼び起こして、それでも闇雲に前へ進もうとする。「欲望」を止める事は出来ない。何しろ「欲望」という力に「人間」がドライヴされているのだから。周囲の人間はただ呆然とたちすくみ、眺めている他はない。その姿を見る事に耐えられない人間は、目を、耳を塞いで時が過ぎ去るのを待つのみだ。

 この本の最後。To be continued. になっているが、岡崎京子はこの後の構想があったのだろうか。あるのならば是非読みたい。この本は事故に遭う直前に執筆されていたものらしい。彼女の回復の吉報も耳にしているので、何年後になるのかは判らないが、首を長くして待つ事にしよう。因みに「欲望が人間をドライヴする」という行は、何処かの小説の一節からのパクりだ。

愛の生活 / 岡崎 京子

 せっかく一日部屋に籠もるのだから、この機会に諸々の音源を iTunes に放り込んでおこうと棚を物色している時に、偶然目についたのがこの本。どんな内容だったのか思い出せないので何となく読み始めてみれば、それはもう嫌になるくらいにストライクな内容でした。ま、しかし此処では内容は割愛。薄暗いし、何となく恥ずかしいので。とか言って全然薦めていないので、僕のアフィリエイトは全く意味がない。

 誰かの声に耳を塞いだり、聞こえない振りをしたり、片手で受け止めてしまったり、両手を差し伸べたは良いが途中で引っ込めてしまったり、後悔する事なんて数限りなく在る。この本の最後のモノローグにあるように、二人同じ風景を見ながら毎日を過ごしていければ良いと思っているのだけれど、これまでの失敗を顧みると、それだけで良い訳ではないのかも知れない。よく分からない。しかし自分と同じ風景を見ている誰かが隣に居てくれるのは、とても幸せな事のように思える。

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