DOG ON THE BEACH

A season passes. A castle can be seen. Where is a soul without a wound ?

Month: August 2014 (page 1 of 2)

求めるもの

 昔、通っていた小学校隣の寺の参道の脇に当学校生徒目当ての駄菓子屋が在った。参道の砂利道から右へ逸れる石段が在り、その先に木板の壁の小さな家屋が建っていた。入口にはガラスがはめ込まれた木製格子の引き戸が在り、それを開けると狭い店内に様々な駄菓子が所狭しと並べてあって、その奥に店主である老婆が鎮座していた。右側には簡素で狭い座敷が設けられていて、そこで子供達が飲み食い出来るようになっていた。僕らはなけなしの小遣いを握りしめ、毎日のようにその店で買い食いをしていた。
 そして僕が高学年に上がった頃の或る夕方、僕は寺へ向かってその参道を歩いていた。恐らく友達と境内で遊ぶ約束でもしていたのであろう。すると、駄菓子屋へ登る石段の脇に転がっている大きな岩の上に小さな男の子が座っていた。制服を着ていたので(小学校に制服はなかった)、かつて僕も通っていた小学校の隣の保育園に通う子だと思う。その男の子は片手にジュースの瓶、もう片方の手には菓子パンを握ってた。身体の小さな幼児であるが故、それらを落とさないように手に「持つ」というより「握りしめている」という印象があった。そして彼は瓶の飲み口を自分の唇にあてがい、ごくごくとジュースを呷って飲み干した後に、大人が仕事後の最初の麦酒を一口飲んだ後に漏らす溜息のように「はぁ〜あ」と一息ついた。よほど美味しかったのだろう。念願の一本だったのだろう。彼はとても嬉しそうだった。
 その光景を見ていた僕は何とも言えない気分になった。切ないというか何というか、とにかく説明の出来ない感情に襲われたのである。当時はもちろんの事、今でもそれを巧く説明する事は出来ない。自分よりもずっと若年の存在であったから保護者的な気分になったのかも知れないと考えもしたが、当時は自分も保護を必要とする存在でしかなかったし、知らない子なので何の思い入れもない。何かしらの努力の末に望んだものを手に入れた物語に対する感動なのかとも考えたが、僕はそんな事情はまったく知らないし、当時の僕がそんな感覚を持っていたのかは甚だ怪しい。僕がその時に感じたソレが、一体何だったのか解らないままここまで来た。実に不思議な気分である。

 ★

 それから20年後、或る夜僕は池袋のシェイキーズに居た。当時の恋人と一緒に遊んだ後、夜になってハラも減ったのでピザでも食べようとその店に入ったのだ。その時僕らの隣のテーブルに20代半ばと思しき太った女性が座っていて、ピザを美味しそうに頬張っていた。その姿を見た僕は、そこでまた溜まらない気分になってしまって、それ以降その女性の事が気になって仕方が無くなってしまった。彼女の満面の笑みや、ピザを口へと運ぶうやうやしい仕草を見て僕は、普段生活費がカツカツで週末に大好きなピザを食べるのを唯一の楽しみとして生きている人なのだろうか、とか。普段はダイエットに勤しんでいるがとうとう抑えきれずに食べに来たのだろうか、とか。結構失礼な事を考えていたと思う。しかしそれと同時に、向かいの席に座る恋人にその事を話す気持ちの余裕は微塵もなく、見てはいけないものを見てしまった、或いは決して邪魔をしてはいけない、そんな事を考えながら胸が締め付けられる思いに堪えていた。

 書けば何か解るかも知れないと思って書き始めたこの記事だが、やっぱりよく解らない。人間の希求に対する自分の反応の仕方なのかなとも考えたが、サンプルが少ないせいかどうにも腑に落ちないし、そんな曖昧な自分の感覚は信用ならない。相も変わらず、そういう自分自身に対する疑問を抱えながら生きて行くしかないのだろう。

 日本では、公益性のある美術館や団体に寄付する場合、所得の四割まで控除を受けられる制度があります。私立美術館への寄付は課税対象です。相続税については、購入金額ではなく相続時の評価額に課税されるので、評価額が大きく上がると相続者が苦慮することになります。結局、税金を払うために作品を手放して海外に流出させてしまったり、納税を避けるために作品が隠されてしまい、個人所有の重要な文化財の所在が不明になってしまう場合があります。(和田)

小山登美夫著『現代アートビジネス』アスキー新書 2008年 p.185

老い

 体力が落ち、身体は言う事を聞かず、思い出せない事が多くなり、言われた事が耳に入らなくなる。そうして、それらの要因が重なる日々の生活の中で、自分で自分が信じられなくなるような過失を繰り返す。それを見咎めた子供らからは非難を浴び、小言を言われ続けるのはどういう気分だろうか。それでもやはり生き続けたいだろうか。死にたくなったりはしないのだろうか。老いの苦しみは自ら経験しないと解らないものだと考えていたが、間近に接していると伝わってくるものはある。

記事の移植

 実を言えば前記事の、Nucleus CMS が最新の PHP に対応していないという事実を知ってから暫くして、ちょうど時間が余っていたのでローカル環境に WordPress をインストールして大まかには作っていたのだけれど、これまでの記事を移植する事に思い当たってから何となくやる気を無くしてしまった。なにしろ面倒なのだ。NP_ImpExp というプラグインを使えば MT 形式にエクスポート出来るそうなのだが、テキストはそれでいけるとしても、例えば画像へのリンクのサーバ内階層なんかは手動で書き換えるしかないんじゃないだろうか。そういうやり方試した事がないので詳しくは知らないんだけど。もしそうだと考えると、とてもやる気がしない。このブログは当初 Blosxom という Perl で書かれたシステムを使っていて、それが2008年の3月頃に今の Nucleus に乗り換えた。その時はそれほどの記事数でもないと思った(勘違いだったが)ので手動で全部移し替えたんだけど、実際にはとても大変だったので、あれ以上の記事数を手動でやろうなんて酔狂さは今の僕には無い。
 いっその事、記事数0から始めたら良いのではないかとも考えるとが、それはそれでちと寂しいし、それに幾らかの記事はこのインターネットの海に浮かべておきたいと考えるものもあるからである。ならば、載せておきたい記事を抜粋して、それを改めて当時の日付でアップロードをすれば良いかとも考えるが、そうなると全ての記事を読み返す作業が必要になる。それは嫌である。僕は基本的に過去に自分が書いた文章を読み返したくはない。とくに日記的なものだと恥ずかしくて堪らない。なのでこの案は却下。あくまで却下。
 いろいろ考えると、或る期間を決めて、その分だけ手動で移植するのが良いように思える。例えば、福岡に越したタイミングで2013年移行の記事に限定するとか。残したい記事の大凡は削られる(つまり東京での記録は全て無くなる)が、手間は大いに省ける。ある程度の体裁も保てる。その辺りが妥協のしどころのような気がする。

2014.09.30:Wordpress に移行済み。

 日本でも有数の個人コレクターは、医師の高橋龍太郎先生です。高橋先生は、若い日本人アーティストの作品を積極的にコレクションしています。神楽坂と白金台にビューイングルームを設けて、一般にも公開しています。
 宮津大輔さんは僕と同世代の方で、普段は IT 系の企業にお勤めの会社員です。コレクション自体とてもユニークですが、宮津さんの最大のコレクションと言うべきなのは、アート作品で家を建ててしまったことでしょう。
 設計、庭、家具、照明など、家全体をさまざまなアーティストに依頼して、コミッションワークで建てるというプロジェクト。つまり家そのものが現代アートの結集です。完成した家でも楽しんでいらっしゃると思いますが、宮津さんにとっては、アーティストと話し合って家を建てる過程、その時間と経験が、何より意味のあるコレクションだったと聞きます。
 アートをコレクションしている人たちは、まずその作品で自分が楽しめること、楽しむ力があることが、何よりも大事なのです。

小山登美夫著『現代アートビジネス』アスキー新書 2008年 p.172

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