DOG ON THE BEACH

A season passes. A castle can be seen. Where is a soul without a wound ?

Month: May 2016 (page 1 of 2)

 パチンコ経験とかホスト利用などは、それ自体がとても「叩かれやすい」ものだ。「そんなヤツだから貧困になるんだ。自己責任だろう」という意見があるのはわかる。でも一方で、長らく貧困状態にあり、教育機関から排除され、そもそも貯蓄や消費の仕方を学ぶ機会がなかったという者もたくさんいる。排除された者こそが飛びつきやすい文化という事実もある。その悪循環というのがなかなか厄介なものだ。そのうえで、浪費・無貯蓄・無計画といった状態に陥りがちな人に対し、いかなる教育機会を提示できるのか、あるいはそうなる前にしっかりと教育や福祉で予防できるのか。そうした議論につなげられない限り、単に「社会的知らんぷり」で終わってしまう。

荻上チキ・飯田泰之著『夜の経済学』扶桑社 2013年 pp.224-225

 この社会ではしばしば、「障害者」と「健常者」という二分法を使うが、「健常者」だって結局は、「今は障害のない人」という意味でしかない。年をとればとるほど、障害を持つ人の割合は増えていく。「困ってる人」の問題に真剣に取り組むことは、誰にとっても「保険」になるはずだ。車椅子の人が通りやすい道路は、ベビーカーを押す親にとっても、趣味のフットサル中にケガをしたために松葉杖をつくソフトマッチョにとっても、駅まで徒歩で孫を迎えにいく老人にとってもありがたいものだ。

荻上チキ・飯田泰之著『夜の経済学』扶桑社 2013年 p.189

  • 多くの場合、「自分」より「生活保護受給者」に対し、「最低限度の生活」を低く見積もる傾向がある
  • 男性は女性よりも、「最低限度の生活」の水準を低く答える傾向がある
  • 女性は男性よりも、「自分」と「生活保護受給者」とのギャップが大きい
  • 安定した家庭や職をもつ人のほうが、「生活保護受給者」により厳しい
  • 「医者」「スーツ」「町内会のつきあい」は、自分には不要だが生活保護受給者にとっては必要と考える人が多い
  • 学生は生活保護受給者に対する寛容度が低い傾向がある
  • 「医者」「保険・年金」などは、年齢が上がるほど、生活保護受給者に対して厳しくなる
  • 「医者」「浴室」「冷暖房」「携帯電話」などは、年収が上がるほど、生活保護受給者に厳しくなる

 一般に、「弱い者たちが夕暮れ、さらに弱い者を叩く」というイメージは強い。ネットメディアなどでもしばしば、「生活保護受給者は甘えている」「もっと大変な人がいる」という書き込みが見られるのだから、きっと、自分自身も生活に困っている者が、他の困っている人の足を引っ張っているのだろうか、と思いがちだ。そうした現実は、もちろんある。でも、実態はもう少し複雑だ。
 安定的な職業の者、あるいはそれなりの所得を得ている者たちのほうが、生活保護に対して厳しく評価している。どうもそれは、端的に言えば、「貧困を想像できないから」ということになりそうだ。

荻上チキ・飯田泰之著『夜の経済学』扶桑社 2013年 pp.180-181

 そもそも、フーゾクは売春のようなものなのに、なぜ取り締まらないのか? と思っている人もいるだろう。実は、ヘルスなどは本番(性交渉そのもの)が行われていない(ということになっている)ため、売買春の法律上の定義から外れるし、ソープランドであれば入浴までが店の提供するサービスで、そこから先は「客とソープ嬢の間の個人的な取引である」という建前によって「フーゾク≠売買春」という解釈が成立しているのだ。
 売春は、管理者(経営者)が働く者(売春婦)を管理下において組織的に行う「管理売春」と売春婦が自ら相手を見つけて売買春取引を行う「単純売春」に分類される。日本では売春のすべてが禁止されているわけではない。日本で禁じられれいるのは、管理売春と公衆の目に触れる方法による売春勧誘(立ちんぼ型の単純売春)だ。日本以外の多くの国においても、これはだいだい同じ。
 だって個人間で性交渉の前後に金品の授受があったってだけで捕まえていたら、解釈を拡大していけば、恋人間のプレゼントでさえ取り締まることができてしまう。売春を取り締まるべきか否かの議論は別にして、すべての売買春を禁止するのはどだい不可能なのだ。

荻上チキ・飯田泰之著『夜の経済学』扶桑社 2013年 p.68

 メディアで目立つものを世の中における標準的な姿ととらえる危険性、自分の考え方の補強に好都合な話ばかりを信じる危うさ。そういう傾向から抜け出すのは容易なことじゃない。そして間違った認識が繰り返し繰り返し語られることで、ガセネタもいつの間にか多くの人にとっての「常識」に転化する。うそから出たまことであっても、「常識」に転化してしまった(誤)認識をひっくり返すことは、とてつもなくハードなことなんだ。
「自分にとって直接の損得に関わらない話だから大目に見ればいいじゃん」と思う人もいるだろう。けれど、今は関係がなくても、将来のいつか、自分だけではなく自分の親族にとっての損得に直結したとき、その「常識」は最強の怪物となって私たちに襲いかかる。仮に、やむを得ぬ事情で売春を行うようになったとき、「ワリキリって楽しくて贅沢したい女の子がやってるんでしょ」という世の中の空気がどれほどに残酷なものか想像してほしい。

荻上チキ・飯田泰之著『夜の経済学』扶桑社 2013年 p.7

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