昔の話。くるりがアルバム「図鑑」をリリースし、その後シングル「春風」がやたらとヒットしている時に、渋谷公会堂でライヴがあった。僕は友人と共に会場へ足を運んだ。客層はさすがに若かったが、中には私達のような中年域の人々もちらほら。開演時間まで時間があったので、売店で「東急世田谷線Tシャツ」を買ったり、そこで騒いでいた「なりきり岸田君」を見物したりして過ごす。
 ライヴは僕の大好きな「マーチ」で始まる。ドラムがノリ切れてない。その後も(良い意味で)ダレたMCを挟みながら、演奏は淡々と進んでいく。その当時に岸田がハマっていたという、ヘヴィメタルばりのライトハンド奏法など小ネタも盛り込まれる。全体的に音は轟音で、ノイズ系の音も混じったりするのだが、何曲かは音数も少なく静かな演奏もあった。
 そんな中で僕が一番ショックを受けたのは、岸田の声の存在感だ。「ピアノガール」を電子ピアノを弾き語りながら歌う声は、一度耳から入ってしまうと、そのまま居座り続ける。違う例えで書くなら、耳以外でも聴いているような感覚になるのである。周波数の問題かなあとか考えてみるが、それ以上に思考は拡がらない。とにかく、そんな声してズルイなあと思ったまでである。似たようなスタイルで演るバンドは幾つも在るが、岸田の言葉の選び方と声の質が、フォロワーの追随を許してはいないなあ、と僕は思っている。僕にとっては唯一無二のバンドだ。