十数年前に上京して以来、関東の食べ物に親しんでいる。がしかし、どうにも納得出来ない事がままある。西日本で生まれ育った人間にとって蕎麦・饂飩(うどん)のつゆが醤油でやたらと黒いというのがその代表的なものであったりするのだが、今回はそれではなく「盛り蕎麦」と「ざる蕎麦」との価格差である。
 実は、僕が未だ福岡に住んでいる頃には「年越し蕎麦」以外に蕎麦を食べる習慣がなかった。とすると当然蕎麦を外食する事もなかったので「盛り蕎麦・ざる蕎麦」の類は食べた事がなかった。つまり上京して始めて蕎麦をつゆに浸けて食べるという事を経験したのだが、それが一体どのタイミングで口にしたのかは覚えていない。素麺を食べるのと違いはないので抵抗があった訳ではない。それでも習慣とは恐ろしいもので、恐らく上京後数年経ってからようやく口にしたのではないかと思う。

 話が逸れた。今では、この季節から秋口までは蕎麦を食べる事を毎年楽しみにしている僕であるが、やはり「盛り蕎麦」と「ざる蕎麦」の価格差が腑に落ちない。どう見ても、一掴みの刻んだ焼き海苔が蕎麦の上に乗っかっているかそうでないかの違いしかない。それでいて50円から店に拠っては100円の価格差が有る。一消費者である僕が考えるに、焼き海苔のトッピングは20円か30円程度にしか思えない。「海苔がなんでそげん高かとか!」何度そう叫びそうになった事か。しかしながら他の客はその事実を普通に受け容れ蕎麦を啜っている光景を目にすると、なかなかそう騒ぎ立てる事も出来ず、かと言って納得は出来ないので店員に訊くのである。「あのう、盛り蕎麦とざる蕎麦ってどう違うんですか?」返ってくる答えは何処で訊いても同じ。「海苔が付いてるか、付いてないかです。」
 以来僕は煮え切らぬ腹を抱えたまま、海苔も食べたきゃ「ざる蕎麦」を注文し、そんなの要らんと思えば「盛り蕎麦」を注文していた。外出した際にたまたま立ち寄った蕎麦屋で、答えは分かっている癖に、懲りもせずに同じ質問をした事も一度ではないのだが、やっぱり同じ答えしか返って来ず、この不可解さを一体誰と共有すべきかを考えたりしていたのだ。

 しかしである。つい数日前になんとなーく Wikipedia で蕎麦を調べてみたところ、驚くべき事実を知る事になった。以下はその引用。

 盛り蕎麦とざる蕎麦の違いは、その蕎麦つゆにある。ざる蕎麦は砂糖を用いた蕎麦つゆで、盛り蕎麦は味醂等で味付けした蕎麦つゆで食べる。江戸時代、当時はまだ砂糖は貴重品であり、区別を明確にするために蕎麦を盛る器に違いをつけたり、高級品であった海苔を散らしたとされる。砂糖が誰にでも手に入るようになった現在では、そういう区別をする蕎麦屋は少ないかも知れない。なお、冷たい蕎麦に刻んだ海苔を散らすようになったのは明治以降である。

 気付かなかった・・・。当時海苔が高級品だったのだろうなくらいは想像していたのだけれど、砂糖と味醂の差であったとは・・・。同じ店で「盛り蕎麦」と「ざる蕎麦」をそれぞれ食べた事はあるが、それは全然別な日にたまたま別なメニューを注文したのであって、同時に二種類注文して食べ比べた訳ではなかったのだ。自分の味覚が鈍磨されているとは思っていないし、砂糖と味醂の味の差は何となくでも判るつもりでいたのだが、これはどうした事か。この事実を確認するにはやはり、誰か付き添って貰って「盛り蕎麦」と「ざる蕎麦」をそれぞれ注文して食べ比べてみるしかないのだろうか。

 それはそうとして、この現代に於いて「焼き海苔の有無」と「砂糖と味醂の価格差」であの価格差はやはり納得出来ないように思える。海苔のトッピングやつゆのチョイスはサービスという事でも十分やっていけると思うのだけれど、わざわざメニューまで分け続けているというのは、伝統の形骸化と言えなくもないように思う。

2007.05.28 : コメントを戴き、実は諸説在る事が判った。