昔の酒屋には計り売りの酒というのがあったが今の酒屋にはない。今の酒屋をのぞくと銘柄ものの瓶がずらりと並んでいるばかりである。昔の酒屋にもそりゃ銘柄ものもあったけれど、そんなものは、特別のおつかいものに使うくらいで、普段は計り売りの酒を飲んでいた。
 この計り売りの酒というのがそこの酒屋の酒ということで、つまりそれぞれの酒屋の親父が、それぞれのルートや顔で、安い地酒を数種類集めてきて、それを各自の味覚臭覚でブレンドする。つまり酒屋一軒一軒が、みな違った味わいの酒を樽に入れて計り売りしていたということである。
 こんな楽しいことが、今では酒税法の関係でできなくなってしまったと聞いたことがある。
 酒屋それぞれのオリジナルの計り売りの酒だから、いくや気安くつき合っている酒屋でも、それだけでその店から買うというわけにはいかない。酒飲みは、それぞれの好みの酒屋を探してそこから買うということになる。

渡辺文雄著『江戸っ子は、やるものである。』PHP文庫 1995年 pp.151-152