野良猫もふとした機会に人間に馴染み、餌付けされ、幸か不幸かそうした生活を続けていればここまで堕落するものなのだろうか。僕は室外機の上にひっくり返って寝ている猫の小五郎を打ち眺めてそう思い遣った。

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 この小五郎、およそ三年くらい前の或る日にこのマンションの敷地内に迷い込み、外部階段の物陰に潜んでいるところを此処の住人である静枝夫人に見初められそのまま保護されたのだそうだ。この静枝夫人という呼び名は僕が勝手にそう自分の中で読んでいるだけの話で実を言えば本名は知らない。向こうから名乗る事もなければ僕から呼びかける事もない。塀無き空間に於いて個人を守らねばならない都会暮らしの中ではそれも取り立てて不思議な事ではないし、たまに顔を合わせる程度であれば何の不都合もないのである。僕が出勤する朝や帰宅時の夜に見かける時には夫人は部屋着そのままで、敷地の内で小五郎に餌をくれていたり亦は小五郎の寝床の掃除をしていたり、そうでなければ玄関前を掃いていたりしている事が多い。しかし休日の昼間、稀に何処かに出かけるか若しくは何処からか帰ってきた様子の時には大概は派手に着飾っている。その派手さというのが何処かしら常人のそれとは違い、どちらかと言えば夜に似合うような格好である事から、僕は彼女が酒と女を提供する類の仕事をしていたのだろうと踏んでいる。愛想は良いが口は悪い。いつぞやは立ち話の中で客の引き方とあしらい方について講釈を頂いた覚えもあるので、恐らく間違いないであろう。既に老婆と呼んでも差し支えないくらいの年齢に達しているが、現在は一人暮らしである。

 猫の話に戻る。小五郎というのは静枝夫人が名付けたものだ。僕は彼女がそう呼ぶからそれに習っているに過ぎない。一度訳を尋ねた事があって、その時の答えは「呼びやすいから」との事であった。小五郎はアメリカン・ショートヘアで銀色に黒の縞模様。このマンションに来た当時は既に仔猫ではなかったが、若々しく美しい雄猫であった。成長した今ではそれに精悍さも兼ね備えている。
 さてこの迷い猫、雑種の野良としてこの世に生まれ落ちたとは到底思えない容貌で、何故このマンションに迷い込んで来たのかが何とも不思議に思えるが故にマンション界隈では様々な憶測が立っていたのだが、つい半年ほど前にその理由が判った。突き止めたのは勿論静枝夫人。実は二つ向こうの通りに面する或る一家の元に生まれた四匹の仔猫の内の一匹であるらしいのだ。かつて静枝夫人はこう言っていた。「この猫は人間に飼われていた形跡がある」と。野良にしては人間に慣れ過ぎているという事らしいが、それもこれで合点がいくというものだ。しかしながら、何故小五郎は生まれ育った家を出る事になったのかは謎のままだ。夫人もその事については尋ねていないらしい。何か気になる事があれば何処までも追求する癖のある夫人にしてはやけにあっさりと引き下がったものだ。僕の与り知らぬところであるが、近所付き合いの中に余計な波風を立てたくなかったのかも知れない。

 そして小五郎と言えば、たまに近所を彷徨く事はあっても、基本的にはマンションの敷地の内に居座り続け、まるで王様のような顔をして暮らしている。

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このエントリ内に書かれている事は大体に於いて事実と異なります。