DOG ON THE BEACH

A season passes. A castle can be seen. Where is a soul without a wound ?

Tag: philosophy (page 1 of 11)

 私が今回検証しようと考えていた最大の課題は、「儒教文化圏」の問題である。世俗化された儒教のイメージは、韓国はもとより、わが国においてもけっして過去の遺物ではない。例えば、この文化圏における「自立」とは、必ずしも個人が家から出ていくことを意味していない。むしろ家に留まり、両親の生活を支えながら生きていく「孝」の姿こそ、成熟の望ましいあり方なのだ。「四世同堂」は四世代が同居するという理想的家族のあり方だし、「養児防老」は老後のために子どもを育てるという、これまた一種の理想像を示す言葉だ。ここから儒教文化が一種の「同居文化」であり、その逸脱形態がパラサイト・シングルでありひきこもりなのではないか、という推測が可能になる。
 儒教文化との関連で言えば、ほかに「科挙」を考慮すべきかもしれない。いうまでもなく科挙とは、四書五経など、儒教の知識を問う官吏任用制度である。ペーパーテストに通れば、誰もが特権階級たる官僚になれる。かくして、一族の名を挙げるべく、青年が長期労働に関わることなく勉学に励むことに寛容な文化が育まれるのだ。これはそのまま青少年が、長期間の受験浪人生活からひきこもりに至る状況に通底するだろう。

斎藤環著『「負けた」教の信者たち〜ニート・ひきこもり社会論〜』中公新書クラレ 2005年 pp.56-57

 儒教の経書の一つである『書経』の洪範(天下を治める大法)の中に、人生の幸福についての五項目すなわち「五福」が掲げられている。
 それによれば、第一が長寿、第二が富、第三が健康と心の安寧、第四が徳を好むこと、第五が天寿をまっとうすることである。
 徳とは、もちろん儒教でいう徳のことで、人倫を基調とするものである。徳を好むことを幸福の一つとしたのは、儒教の人生観、社会観、世界観に基づくものであることはいうまでもない。
 五福において長寿を第一としたのは何故か。
 それは長寿であってこそ、もろもろの幸福を享受することができると考えたからである。例えば、知らないことも知ることができ、不可能なことを可能にすることができ、学問も進み、知識も深まるから、長生きしなければならないという。こういうことが、儒教が理想とするところであった。
 洪範には、また「六極」を掲げて、六つの不幸を述べている。
 それによれば、第一は凶害に遭って若くして死ぬこと、第二は病気にかかること、第三は心に憂患があること、第四は貧苦であること、第五は剛強に過ぎて禍を招くこと、第六は柔弱に過ぎて辱めを受けること、としている。
 儒教では、老人の養生説も一般の養生説も、すべてこのような観点から論ぜられたのである。
 中国の思想史を大観すると、その思想は三つの系列に分類することができる。
 第一は、道徳的人間性を基調とする理想主義で、儒教がこれに属する。第二は、功利的人間性を基調とする現実主義で、法家、兵家、外交家がこれに属する。第三は、宗教的人間性を基調とする超越主義で、道教がこれに属する。仏教もこれに属するといってよい。
 理想主義に立つ儒教は、道徳的人間性を根本とするから、人と我とをもって道徳一心とする万物一体思想を基調とするので、個人の人生をまっとうすることと、人々の人生をまっとうすることとを不可離の関係にあるものとする。その結果、修身と経世済民とを一体とし、真の修身は経世済民をまって成就し、真の経世済民は修身を本として完成せられるとした。
 もちろん人格の形成は、人倫を基調とするものであったことはいうまでもないが、そのためには天与の生命をまっとうすることが不可欠であると考えられたのである。だから儒教において養生訓が説かれるようになったのは当然であろう。
 また、超越主義に立つ道教や仏教は、宗教的人間性を基調とするが、それは人生は欲念のために苦悩することを免れ得ないとする宿命観、超越的な絶対者に帰依してそれを解脱し、それによって永遠の生命を得ようとした。そのためにまた養生訓が説かれるようになったのである。
 要するに養生訓は、古今にわたって中国の思想界を支配した理想主義に立つ儒教と超越主義に立つ道教、または仏教において説かれるようになったのである。

朝日新聞福岡本部編『博多町人と学者の森〜はかた学6〜』葦書房 1996年 pp.79-81

 一般に実学というと、人間の社会生活に役立つ実用的科学技術の学問のことを指すが、これは後世のことで、本来は人倫道徳およびその体得実践の学にあった。
 実学ということがやかましくいわれたのは、宋代からで、老荘や仏教に対して儒学を実学といい、老荘仏教の学は無用の学、すなわち虚学としてこれを退けた。
 もともと実学は道徳哲学、人生哲学と一体のもので、しかもこれを根本としなければならない、として両者の間に本末緩急の別が考えられたのである。だから実学は道義的精神の発揚でなければならなかった。このことは朱子の全体大用論によく示されている。

朝日新聞福岡本部編『博多町人と学者の森〜はかた学6〜』葦書房 1996年 p.70

 文学のような文字メディアが現実認識に対する主要な媒体であった時代には、例えば主人公の人格形成の遍歴を扱う小説のような形式が、読者に人生の予行練習としての経験の先取りを与えていたのでしょう。しかし、ビジュアル・イメージが支配的なメディアの形式となると、現実認識に対するバイアスは、概念からイメージへと変化します。
 近代以降の知的枠組みでは、概念・表現と事物・対象との対応や一致が、諸学問および芸術の判断基準となってきました。現実の再現というリアリズムの束縛から一歩踏み出たかに見える印象派のような絵画が、知覚的経験の再現という解説を付される背景には、このような判断基準の働きがあります。
 それは、科学的知識が信頼に足るのは経験的検証を経ているからであるということと、基本的には同一の考え方と言ってもいいでしょう。それは、概念・表現と事物・対象との対応が経験による審判によって正当化されるという枠組みです。
 しかし、概念と事物ではなく、イメージと事物が現実認識を生成する主要なモードであるとすれば、それらは相対的な二項としてあるため、現実についての真偽や善悪に関する命題も相対的なものにならざるを得ません。イメージと事物の対応が経験的知覚によって検証されると言うこともできなければ、どちらか一方を他方に基礎づけることもできないでしょう。そうすると、対象や事物と呼ぶべきものの位置づけも曖昧になります。
 対応および一致の検証という論理的作業のきっかけを失ったとき、経験的知覚そのもののなかには、イメージと事物を分け隔てる物質的要素の有無を知る手がかりもなければ、それを知る必要も感じないからです。
 私たちが直面している生の条件とは、このようなイメージの専制とでも呼ぶべき、現実性=虚構性の等式が成り立つ一元的な世界なのです。

吉井仁実著『現代アートバブル いま、何が起きているのか』光文社新書 2008年 pp.57-58

雨の日の光景

 ふと思ったのだけれど、雨にずぶ濡れになりながら歩く姿が似合うのは、中学生もしくは高校生の男の子だけではないだろうか。

 小さな子供や年寄りは可哀想に思ってしまうからそもそも除外するとして。眺めている側からすると、青年や壮年の男性の場合は見かけるのは大概仕事中だったりするので、頑張ってるなぁとか、大変だなぁとか、何か嫌な事でもあったのかなぁとか、色々と複雑な思いで眺める事になるので美的観点は成立しない。それと同じ年頃の女性である場合は、本人達が雨に濡れる事を非常に嫌がり執拗に避けるし、濡れたら濡れたで地獄にでも落ちたような表情で歩いているので正視するのが難しい。仕事中の女性の場合は、男性に対するのと同じような感じか。で、中学生や高校生の女の子の場合は、一人だとやけに心配になるし、複数だと騒ぐのでうるさい。
 中学生や高校生の男の子は、自分がそうであった時の事を思い起こせば、傘を差すのは嫌いだし、そうするくらいなら寧ろ雨に濡れた方が心地良いと感じていたような気がする。そういう記憶も手伝ってか、彼らが雨に濡れていても一向に心配にならないし、可哀想にも思わない。とても落ち着いた気持ちで眺めていられるので、その姿を美しいと思うのかも知れない。どんな時でもそう思う訳ではないが、例えば季節は夏で、夏の制服を着ていて、緑の多い田舎道だという風に条件を揃えていけば更に良い。これは緑に白いシャツという色の組み合わせが美しいという事が大きいと思う。
 しかしこういう見方は多分に偏見を伴っている気はするし、眺めている人間がもし女性であるなら違った見方をするだろうとも思う。もしかしなくても、中学生や高校生の女の子に対して同じように思うのかも知れない。そうだとすると、あの雰囲気はあの年ごろに特有の質感なのか。それとも見る側の記憶が創り上げた幻影なのか。先日降った雨の日に、白いイヤフォンを耳に突っ込んだまま、半ば俯いた様子で自宅の前の道をとぼとぼと歩いていた少年を見た時にそんな事を考えた。

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