たくさんの友人の慰めと励ましのなかで、受験という日常のなかに私はもどり、イーゼルの前に坐って、今年こそはと思っていた。隣りの空いている椅子に、ふだんあまり話をしたことのない、それでも顔をあわせれば、あいさつも、駅までは一緒に帰るほどのつきあいもする友達が坐った。彼はしばらく黙っていて、「大変だったね」とひとこと言った。私はそのひとことを、しみじみありがたく思った。
 彼は遠い友達だった。
 そのひとことは、彼が、遠い友達のままであるということを明らかに示していたけれど、その遠い友情が私を打った。
 色濃く私を支えてくれた友情の輪の向こうの遠い友情は、遠い星を見て、宇宙が美しいと感じることに似ていた。

佐野洋子著『私の猫たち許してほしい』ちくま文庫 1990年 pp.56-57