「性」の図像表現について検討すべく、ポルノグラフィーを取り上げてみよう。言うまでもなくこの領域では、即物的で実用性の高い表現が偏重される。ロマンポルノが衰退し、アダルトヴィデオが隆盛をきわめるという流にも、簡便性と実用性の追求が見て取れる。

 (中略)

「ヘアヌード」が氾濫し、AV すらもなかば飽きられつつあるこの場所で、「ポルノコミック」の巨大な市場が成立するという不条理。さきにも指摘したように、このジャンルにおいても「アニメ絵」がただならぬ勢力を誇っている。日常的現実との対応関係からみるとき、これほど非-現実的な絵柄もない。それにもかかわらず、このような表現がポルノという実用的な次元において選択され、流通すること。そして、そうしたことが欧米ではまったく考えられないということ。おそらくこの対比は、重大な意味をはらんでいる。
 もちろんここにも、歴史的背景はある。ロンドン大学ブルネイギャラリーのタイモン・スクリーチ氏によれば、江戸時代に大量に描かれ流通した「春画」は、庶民の自慰のために用いられたという。
 もしそうであるとすれば、われわれはまたしても、漫画・アニメのルーツを江戸時代に見出すことになる。描かれたものによって性欲を喚起し、処理するという「文化」。そうではなくて、われわれはここにおいて、「描かれたものの直接性」という問題系にゆきあたったのだ。

斎藤環著『戦闘美少女の精神分析』ちくま文庫 2006年 pp.304-306