先週末の事。東口のやんばるにて豆腐チャンプルー定食を食した後、サイタマノラッパーの上映時刻までには1時間半ばかりの間が空いてしまったので、紀伊国屋書店や東急ハンズを冷やかしたりしていたのだが、やる事もすっかり無くなって、JR新宿駅南口改札とフラッグスビルの二階入口前の、ちょうど往来の交差する辺りで、行き交う人々をぼんやりと眺めていた。しかし幾らぼんやりしている最中だとしても、生来が神経質な質であるが故、視界を塞がれる事を僕は好まない。勿体振った言い方をしてしまったが、要は、急に目の前に現れた一組のカップルが邪魔臭くて仕方がないのである。しかもだ。その二人は事もあろうか揉めているのだ。

「なーにー? マジでムカつくんだけどー」

 そんな言葉が僕の耳に届く。年の頃なら20代前半。25はいっていないと思われる。髪の毛は長くカールして、化粧もばっちりで、目の覚めるようなホットパンツを穿いた女の子が笑いながら怒っている。方や男の子の方は、背は高くないが可愛い顔立ちの美青年。すこしダブついた服を着こなした洒落た出で立ち。困っているのか、それともスカしているのか、ニヤニヤと笑っている。

「ねぇ、どうすんのー?」女の子は男の子の腕に手を乗せて尚も攻める。

 なあ・・・どうすんだよ。事情は知らない。知らないんだけどさ、どうすんだよ。大まかな判断をすれば、要は彼女の要求をオマエが渋ってるんだろ。なあ、どうすんだよー? 兎に角さ、オレの目の前で揉めるのは止めてくんないかな? オレはさ、大都会新宿南口でさ、見ず知らずの人達が垣間見せる人生の一瞬を眺めて楽しもうって腹なんだよ。そんなとこで何時までも揉めていられると困るんだよなー。
 でさ、こんな事オレが言うのも何なんだけどさ、オマエ結構可愛い顔してんじゃない。だからモテると思うんだ。だろ? で、モテるオマエなら判ってると思うけど、彼女笑ってるだろ。でもさ、ちょっと引き気味に見てみな。彼女の笑った顔の何処か、その何処かはよくわかんないんだけど、何処かが笑ってないよな? だから、今すぐ手を振り払ってダッシュで逃げるか、若しくは地面に頭擦りつける勢いで降伏して彼女に従う以外は道がないんだよ。なあ、判ってる? さもないとさ、まるで蝋燭の火みたいに彼女の顔からすーっと笑顔が消えて表情を無くすんだよ。そうなったらもう、あれだよ。今まで一度も言われた事のないような残酷な言葉を死ぬほど浴びせかけられて、下手すりゃ殺されるんだよ! あー怖い。全然他人事なのに物凄く怖い!

 僕がそうやって煩悶しているうちに、そのカップルは少し離れた場所へ移った。しかし尚も押し問答をしている様子。可愛い顔した男の子は、女の子の手の甲をぽんぽんと軽く叩いて、何やら宥めようとしている様子。無駄だ。無駄だよ君。君は今まさに雌カマキリに食われようとしている雄カマキリの立場なのだ。立場を弁えない傲慢さが自身の不幸を招くのだよ。
 暫くの後、やはり、男の子は諦めた風情で屈服し、女の子に手を引かれて甲州街道を下って歩き去って行った。

 あれっ・・・ねえちょっと! ラブホ街はあっちだよ! 歌舞伎町の裏だってば! 何だったら、おじさん案内しようか?

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 夏の夜の、永遠の一幕。