今度は下町の一角。幹線道路から一本中に入った道路沿いに建つ平屋造りの一軒家だが、あまり住宅のようには見えない。鼠色の瓦屋根に板壁は黒く塗られており、窓枠は鉄製でこれも黒く塗られている。一体何のために建てられた家なのか判然としない佇まいだ。玄関は鉄枠の大きな引き戸で、中に入ると大変広い沓脱ぎとなっている。右の方へと目を遣ると、板張りの床が一面に広がっていて、柱は何本か立っているが間仕切りは一枚も無く、30畳ほどの何もない寒々とした空間が在るだけである。そして左側には、奥から手洗い・浴室・台所の水回りの部屋が仕切られつつ並んでおり、最前部の空間には黒革のソファセットが置かれていた。住宅としての最低限の機能は装備されているが、住宅と呼ぶには余りにも殺風景だ。

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 辺りの静まりかえったある日の真夜中。敷地の左端に建つ丸太造りの街灯が、真っ黒なアスファルトを照らす中を三毛猫が走り抜ける。玄関左の窓からはブラインド越しに灯りが洩れている。ソファセットの置かれた辺りだ。そして、そのソファに僕は座っていた。他にも、小学校・中学校を共に通った幼馴染みの5人が、ソファにそれぞれ座り、珈琲を飲んだりウィスキーを舐めたり煙草を吸ったりしながら喋っている。中には会話に加わらずに漫画を読んでいる者も居る。

 この夢の中での僕らは30歳くらいで、それはいっぱしの大人であるはずなのに、喋っている事は中学の頃とたいして違わなかった。近所に住んでいる可愛い女の子やアイドルの噂話、嫌いな奴の悪口や、ギターの話や、バイクの話。何一つ変わっていない。彼らは一様に自営業の家に息子として生まれ、今は家業を継ぐべく昼の間は働いている。そして仕事を終え、晩飯も済ませて夜になると、申し合わせたように此処へバイクを走らせやってくる。この家の左側に細い脇道が走っており、それを半分ほど塞ぐようにして、皆はバイクを駐めている。

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 もう明け方が近い。一人また一人と連中が帰って行った後には、空き缶や呑み差したグラスと吸い殻で一杯になった灰皿が残された。

「あいつらときたら、散らかすだけ散らかして帰りやがるなー」

 僕はそれらをゴミ袋に放り込みながら愚痴をこぼす。その家にはベッドや布団の類は無く、そこを片付けないと僕は寝る事が出来ないようだ。
 ようやく片付けが終わり、僕は毛布を被ってソファに身体を横たえる。

「あいつら明日も来るかなー」

 どうやら僕は無職で毎日暇を持て余していて、幼馴染み達が遊びに来るのが待ち遠しいらしい。ブラインドの隙間から僅かな月明かりが差し込んでいる。僕はふいに思いついて半身を起こし、月明かりにうっすらと照らされる何もない家の中を見渡す。この家の半分の床を打ち抜いて、そこをガレージにしたら楽しいんじゃないだろうか。コンクリートを敷いて、壁際に工具棚を並べてもバイク5台は余裕で並べられそうだし、入口が狭ければ壁をぶち抜けば良いだろう。そうすれば連中は入れ替わり立ち替わり、空いた時間に此処へバイクを弄りに来るだろう。そんな事を想像すると僕は嬉しくて堪らない気持ちになり、その気持ちのまま毛布を引き上げ目を閉じた。