8月くらいに、JR中央線に乗って吉祥寺から新宿へと向かっている途中、中野駅で停車した電車の窓から見覚えのある女を見かけた。線路脇の敷地を区切る擁壁の向こう側は緩やかな坂道で、その坂の途中で女は幼子を抱きかかえて立っていた。大きな布にくるんだ幼子の顔を覗き込み、あやすかのように顔をしかめてみたり、笑ったりしていた。僕はそれと気づいてからは、まじまじとその女の顔を見ていた。確かに見覚えはあるのだが、それが誰なのか全く思い出せなかった。
 少しすると、3歳くらいの男の子を連れた男が何処からか現れ、女に近づいて何やら話し始めた。恐らく、というか確実に夫なのだろう。同世代のように見えた。二人ともごく近所のコンビニにでも行くかのような気安い服装をしていて、買い物を済ませる為に駅の側まで歩いてきたという感じだった。

 間もなく電車は動き出してしまったので、僕が見たのはたったそれだけの光景だったのだが、もしかしたら僕が知ってるかも知れない人の、僕が全く知らない部分を偶然にも覗いてしまったという経験が、何やら行き場の無い、もやもやした感覚だけを僕に残す事となった。彼女は、かつて僕が電車でよく隣り合わせていたのかも知れないし、仕事で一時期同じ場所に居たのかも知れない。今をもって思い出せないところをみると、たぶんそんな感じですれ違っただけの人なのだろう。
 それでも、そんな彼女の姿を見て、僅かながらも嬉しく思う気持ちが沸いたのは一体どういう訳があるのか。関係を訪ねられればそれはもう全く関係なく、知っているかも知れないという恐ろしく曖昧な記憶しか存在しないのに。

 –

 と、此処まで書いて思い出した。似たような話をDVDで観た事がある。「週刊真木よう子」という番組の第4話、しかも話が出来すぎているがその回のタイトルは「中野の友人」である。内容を説明するのが面倒なので Wikipedia から引用すると。

 2度目の公務員試験に落ち、再びバイト生活に戻った岡田。バイト先ではつり銭泥棒に決め付けられ、役立たず扱いされる日々。そんな岡田は毎日バイト後に中野にあるゲームセンターのピンボールゲームでハイスコアを出すことに熱中していた。人気のないこのゲームだが、ある日一人の女がハイスコアを更新する。一方的にライバル心を燃やす岡田は、この女の忘れ物を拾い、親近感を覚えていく。

 こんな感じで進んでいく話だが、女はある日姿を消してしまう。そしてラストの場面で、その女がそれまでの姿からは想像し難い姿で主人公の前に現れ、そしてすれ違う。

 –

 そっくりである。エントリを此処まで書いて思い出すとは不覚。しかしせっかくなので載せておく。