殆ど夢など見ないのだけれど、週末に二度寝した時なんかに、睡眠が浅いせいか時折夢を見る。その殆どは映像の断片であり、起きたらすぐに忘れてしまう事が多いのだが、中には印象が強かったり筋道がちゃんとあったりして、後々まで覚えている夢もある。これは数週間前に見た夢の話。どうやら三度寝をやらかしたらしくて三部構成だ。一度に載せると長過ぎるので三度に分ける。先ほども書いたように夢は断片であるので、文章にする為にかなり脚色している。それに夢の中に出てくる主観としての「僕」は確かに僕だが、こうやって文章化しているとやっぱり他人なのである。

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 電車が走り去るのを右手に見ながら線路沿いの道を歩く。道なりに、緩やかに左に曲がるカーブの途中に、スレートの屋根の平屋、白く塗られた板壁の、玄関と窓の造りが洋館のような古びた建物が建っている。建物の周囲には地を這うような平べったい植物が群生しており、壁には蔦が絡まっていた。左右方向のちょうど真ん中に玄関があって、上半分に格子状のガラスがはめ込んである。そしてその玄関の左右には大きめの出窓。そこにも玄関と同じようにガラスがはめ込んである。玄関の上の庇の部分には、木板の看板が掲げてあり、アルファベットで何やら屋号が彫り込まれている。何かの店のようだ。玄関や出窓のガラス越しに、棚に積まれ壁に掛けられた雑多な商品が見えているが、季節は冬のようで、結露で曇ったガラス越しではよく見て取る事が出来ない。どうやら雑貨を売る店のようではある。しかしそこで売られているものは、男である僕が求めるような商品ではなさそうだ。興味を無くした僕は店の前を素通りした。

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 別な日にその店の前を通りかかると、職人が脚立に乗って庇上の看板を取り外す作業をしていた。少し離れた場所に30歳前後の女と、40歳半ばであろう男が立っていて、作業を見上げながら話をしていた。僕は彼らから少し離れた場所に立って、何気ない素振りで煙草に火を点け、その二人の会話に耳を傾けた。

「自分のお店を持ってみたかったの」

 離れていたせいか、その言葉だけが小さく聞こえてきた。栗色の髪の毛を短く切ったその女は俯き加減に、そして淋しそうに笑っていた。男は不動産業者か何かだろうか。一言も発しなかった。商売が上手く行かず、店を手放す事になったのだろうか。恐らく彼女は自分で資金を集め、仕入れをし、販売までも独りでやっていたのだろう。取り外される看板をじっと見つめていた。そんな彼女を見ていると、僕までもが残念な気持ちで一杯になった。

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 ここで時間は遡る。なんと僕はその店の中に居た。何度も素通りして店に入った事はなかったはずなのに、おかしい事ではあるが夢なので仕方がない。

 そう広くはない店内で、20畳くらいだろうか、道路と平行に横長な空間だった。四方の壁際と中央に一列棚が置いてあり、商品が隙間無く並べてある。そして壁にも吊り棚が掛けられ、こちらも同様に商品が並べてある。色相で言えば山吹色から青。黒やその他の濃く暗い色は全くなく、柔らかで華やかな色で店内は溢れていた。素材としては布・紙・木製品が殆どを占め、色彩と素材の織りなす柔らかなグラデーションで埋め尽くされていた。店主である女は角に置いたテーブルの上で伝票を整理している。

「すみません。これ見せて貰ってもいいですか」

 僕はガラスケースに収められた、木を薄く削って作られた栞を指さした。女は伝票から顔を上げ、にっこりと微笑むと、テーブルの引き出しから鍵を取り出した。

「はい、今開けます」

 此処は、彼女の夢にまで見た空間なのだろう。そして、その夢が壊れるのはなんと淋しい事なのだろう。