先日の休みに母から電話があり、梨を送るから届くのは日曜で良いかと打診があった。何も問題はないのでその旨を伝え、その後数日過ごした本日、箱入りの梨が届いた。どう考えても多すぎる量で。
 礼でも言おうと母へ電話をかけ改めて今回の贈り物の訳を尋ねてみれば、なんと先日迎えた僕の誕生祝いであるとか。・・・誕生祝いに?・・・梨を? 母曰く「なんば贈ろうかねーち思いよったとばってんやん、なーんも思いつかんけん梨にしたとたい。」との事であった。母の実家の近所は茶と梨と葡萄の産地で、そこで買ったのだと言う。新茶の季節ではないし、旬で言えば梨か葡萄で、僕は葡萄が好きではないので、そう考えると必然と梨に決定するのは道理である。スーパーなどで見てみれば梨はやたらと高いし、そんな時期に梨をたらふく食えるというのは贅沢に違いない。

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 ついでに我が家族の情報塔である母に各々の近況を尋ねる。実家に居る父や弟の事は普段から聞いているのでよいとして、今年になってようやく帰国した弟の事や東京に住む叔母の事など。叔母の事は少し前から気になっていたのだが、この秋にとうとう店を畳むという。今月中には一度顔を出そうと思う。
 その後どういう話の流れであったのか、母がこんな事を言い始めた。「いろんな事に興味ば持って、やりたいち思うた事は全部やらんといかんよ。」40を目前に控えた息子に言う言葉ではないように思うのだが、続いた母の言葉に合点がいった。「これはね、自分の経験から言うとたい。」母は早くに嫁いだ訳ではない。母も父も、その当時の社会的背景を考えれば晩婚である。それでもやり残した事がたくさん在るという。とすれば、結婚して家庭に入るという事はこの際関係無いのかも知れない。とにかく、彼女の人生に対する無念さのようなものを知らされた僕は、息子としてどう受け答えして良いか判らずに、ただ相づちを打ったのみであった。

 そう言えば、冷静に考えてみると、こんな言葉は本来ならば父親が息子に言う言葉ではないのだろうか。確かに母は気丈で、我が家では一番強い人ではあるが、他の家庭ではどうなのだろうか。それはともかく、彼女は僕に一生懸命何かを伝えようとしているのは痛いほどに解る。
 毎年年末に帰省する度に年老いて行く母を、僕は焦りを伴う気持ちで眺めている。そしてその都度、母に優しくする事を自分に強いるが、余り巧くいっていない。母が晩婚な上に僕の年齢を考えれば、当然彼女は高齢者である。つまり、彼女に残された時間はほんの少しだ。僕は母に対して、後どれほどの事をしてあげられるのだろうか。子供の頃、確か保育園か小学校の低学年辺りに、学校で習った技術を駆使して、弟達と一緒に母の誕生日に紙粘土で作った不細工なペンダントを贈った事がある。それでも母は喜んでくれた。あんな風に喜ぶ母の顔がもう一度見たいと思う。母との電話を終えた後、僕はその事についてずっと考えていた。

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 今年はラニーニョ現象と温暖化の影響で、秋らしい秋を感じぬまま、残暑からいきなり厳冬へ突入する可能性があるという。嫌な流れだ。僕は何処かへ、一瞬だけ香る秋を探しに行こうかと考えている。