最後の夢は、これもまた同じ様な平屋作りの一軒家での話で、しかし今度はちゃんとその家に住んでいるようだった。但し僕一人ではなく、同居人が居た。

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 玄関は青く塗られた木扉。その上には傘を被った電球が灯っている。勿論それは誰かが家に居なければ灯されない訳だが、その時は僕だけが居た。真夜中の3 時、どっぷりと夜に浸かったこの家の玄関の扉が乱暴に叩かれる。外から同居人の声がした。開けろと言っているようだ。僕はベッドの中で読んでいた本を傍らに置き玄関へ向かった。沓脱ぎの灯りを点け扉を開けると、案の定酔っ払った同居人がふらふらと身体を揺らしながら立っていた。

「・・・なんで早く開けてくれないの」そう言いながら同居人は怒ったように扉を強く閉める。

「鍵はどうしたんですか」

「・・・無くしたわよ、そんなの」そこまで言うと、同居人は力尽きたように沓脱ぎにへたり込んだ。

「また酔っ払ってるんですか」

「・・・いいじゃない別に」

 同居人は女である。しかし恋人ではないようだ。一体どういう訳で一緒に住むようになったのかは判らないが、世の中にはそういう事もあるのかも知れない。この家の玄関を入ると廊下が真っ直ぐに伸び、突き当たりに台所と浴室とトイレが在る。そして廊下の左側に僕が住み、右側に同居人が住んだ。これ以上はないほどの同居向けの住居だ。

「今日は誰と呑んでたの」僕は同居人から鞄を受け取りながらそう訊いた。

「・・・うーん、あっちゃんとキヨ坊と・・・えーと、シマズさんとヨージ君かな」

 尋ねるまでもなくいつものメンバーだ。学生の頃の友人であったり、仕事を始めてから知り合った人であるらしい。同居人は街中の本屋に勤めていて、仕事がはねた後には必ずそのメンバーの内の誰かと食事を共にし、酒を呑んで帰って来る。そして週に二回、特に休み前の晩などは、都合のつくメンバーを全員集めて明け方まで呑んでいる。場所は居酒屋であったりクラブであったりするが、店は大体決まっているようだ。
 そういう習慣を咎め立てする気はないのだけれど、酔い方が酷いのが気になっている。今夜のように正体を無くすまで酔っている事が度々あるのだ。どうしてそんなになるまで呑むのかと、以前に一度尋ねた事がある。でも何も答えてくれなかった。傍から見れば、同居人は淡々と酔っ払いその果てに正体を無くす。まるでそれが決められた事であるかのように。そして、玄関での僕とのやりとりも、いつも同じ事の繰り返しだ。同居人が扉を叩いて僕を起こし、玄関を開け、僕がそれを咎めると鍵を無くしたと嘘を吐く。

 うなだれて、すっかり動かなくなってしまった同居人の足元に蹲り、僕は彼女のブーツを脱がせた。

「・・・此処に帰ってくるとさ」

「うん」

「・・・いつもあんたは先に寝ちゃっててさ」

「うん」

「・・・凄く淋しいじゃない」

「だったらもっと早く帰ってくればいいんだと思います」

「・・・・・・」

 僕は同居人の鞄を肩に掛け、彼女の脇の下に腕を通し、半ば持ち上げるようにして部屋まで引き摺った。

「・・・でもあんたはその時居ないかも知れないじゃない」

「そりゃあたまには」

「・・・それが嫌なのよ」

「そう」

「・・・誰も居ない家に帰るのが嫌なの」

「そっか」

 僕は彼女のコートを脱がせ、ベッドに横たえた。そして毛布をかける。戸口のスイッチに手をかけたところで振り返る。

「安心しましたか?」

「・・・うん」

「じゃあ、おやすみなさい」

 彼女からの返事はなかった。灯りを消して自室に戻り、せめてもと思い一緒に眠った。

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 僕が見た夢の話はこれで終わりである。夢の話であるから、そこには何の意味もない。