DOG ON THE BEACH

A season passes. A castle can be seen. Where is a soul without a wound ?

借り物の祝祭

 浅草サンバカーニバルの起源を辿れば、Wikipedia やその他の殆どのページには同じ記述が在る。

 浅草はかつて映画館や演芸など娯楽の一大中心地として名を馳せたが、昭和30~40年代にはすでに街の活気が下火になりつつあった。これを案じた当時の台東区長である内山榮一と浅草喜劇出身俳優の伴淳三郎の発案により1981年に初めて実施されたといわれる。

 1981年なんてついこの間の事だ。何故浅草にサンバカーニバルなのかという疑問は考えても意味がないだろう。この国はキリスト教の祝祭を平然と自国の祭り・イベントとしてやってのけるし、果てはキリストやモーゼやブッダの墓が在るとかないとかそんな事まで、街や地域の経済を興す為に作ったりするような国なのである。調べてみれば高円寺阿波おどりも同じ様な理由で始められたようだし、とにかく借り物のスタイルであれ何であれ、呼び物となりそうなものであればそれを催して金を落とさせる。全国何処でも大なり小なりやっている経済活動である。それは、全てとは言わないが元々この国の各地方に伝来する宗教的な祭りさえも含まれてしまう。浅草とサンバカーニバルを関連づける事柄があるとすれば、浅草が観光地で日常的に祭りを催しているようなもので観光客の扱いにも慣れているだろうし、昔から三社祭のような大祭を継続させるだけの素地がある土地なのだから、受け容れやすかったのだろうという事は考えられる。いずれにしても節操の無さを感じる事は否めないのであるが。

 さて僕が考えていたのは、何故この借り物の祭りが東京に根付き毎年盛んに行われているのかという事だ。この祭りはコンテスト形式であり、事前の審査を経た20チームがパレードに参加する。各チームが運営するサイトを読んでいると、大体がリオのカーニバルやサンバという音楽の愛好者達で構成されている。中には在日のブラジル人が指導している場合もある。チームを構成するのは学生から一般人果てはプロのミュージシャンまで様々であるが、その思いも様々であるようだ。この祭り全体を構成するのは、飽くまで経済的効果を期待する主催者と、サンバの愛好者と、祭り好きの観客。そう考えると非常に巧く組み合わさった現象であるように思える。しかしどうも腑に落ちないというか、動機が弱いというか、曖昧さが全体を覆ってしまうのである。ブラジルでのサンバ・カーニバルの成り立ちの様相と比べてしまうからだろうか。彼の国では宗教や社会的な貧困状態などからカーニバルの存在する意味やその熱狂の度合いが想像しやすい。でもこの国にはそんなものは存在しないのである。

 この国はどうしてこんなにも多くの祭りが存在するのだろうか。全国津々浦々、大なり小なりの祭りがひっきりなしに催されているし、地域の伝統や宗教的な解釈はまるで無視しされている。僕は何となく、近代化に伴ってハレとケの感覚が薄れ混乱してしまったが為に、無理矢理にその感覚を呼び戻そうとしているような気がしている。例えば、僕のような地方出身者が上京し新宿や渋谷・池袋などの繁華街に訪れてまず何を思うかと言えば「お祭りみたいだなあ」という感覚。地方の田舎に育てばこんなにも多くの人々を見るのは祭りの時くらいだからである。そんな風にして「毎日がお祭り」のような状況の中で暮らしていたら、古来の祭りの規模や日常と変わらないテンションで行われる祭事ではハレ(非日常)を感じる事は出来ないだろう。そこで必要となるのは目新しさや異質さで、それを満たす手っ取り早い方法が外来の祭事を輸入する事だったのではないかと僕は思う。

4 Comments

  1. 「ハレとケの感覚が薄れ混乱してしまったが為」ってのはなるほどなぁ。祭りって元々神道系が多いじゃないですか。少なくとも地元密着型の祭りは。
    祭りとかでも一宮とかの祭りはやはり由緒があるというか(一宮って↓ね)。
    http://ja.wikipedia.org/wik
    新しいものはやはり今ひとつボクもノレませんな。

  2.  神道は祖先や自然崇拝ですから地元でやらなければ意味ありませんもんね。盆踊りや放生会は仏教から出てきたものみたいですが(放生会は後に神仏習合で神道でも)、これらの祭りは恐らく仏教の伝達と共に広がって行ったんでしょうね。
     一宮ってそういう発音でしたっけ。↑の場合は?

  3. そうなんですよね。地元密着型ですね、神道は。初詣も地元の氏神様じゃないと落ち着かない。住んでいたのは武蔵野国の総社の大国魂神社のお膝元だったし。多摩から明治神宮にわざわざ初詣にいく人間の気が知れないというか。
    なんていいながらボクはあまり信心深くないというか、神様全般を信じていない。だから、この感覚はボクの中にあるディープ日本人のDNAのなせる技なのかな。
    ボクは一宮はいちのみやと読んでいます。

  4.  僕は年末には帰省するようにしているので一応は地元の神社に参る訳ですが、一度試しに東京に残った事がありまして、その時は明治神宮に参りました。あれはもう祭りですね。身動き取れませんし。
     初詣はもう宗教的な行動ではなく「これやっておかないと気持ちが悪い」という習慣的な行いなのでしょうね。そう言えば僕は今年前厄なのですが(というか十庵さんもそうでしょうけど)厄払いを何処に頼もうかと考えているところです。
     あ、その↓はアクセントの高さを示すんではなく、下記のリンクを示していたのですね。

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